Prologue / A Song

この歌が何のために歌われるか
You must know

あなたは知っているでしょう
A reason why I sing the song

今もさすらうあなたの心に
Are you still wandering?

いつか届くかもしれないから
I wish that you listen to my song one day

私は歌い続ける
That's why I sing...

1. The 13th Mary

十三番目のマリア


 西部の荒野を旅する、幌馬車があった。
 蹄と車輪の音に耳を傾け、雑多な荷物と共に揺られながら少女は開かれた後方部から外を見る。
 赤茶けた大地と青い空は、彼女にとってまだ異邦だった。
「どこまでも広いのね」
 そっと独り言を口にする。
 おおい、次の町が見えたぞと御者を務める父の声が耳を打った。

 荒野に建てられた町――メアリーズ・タウン。何もない荒野に突如現れるその町はオアシスのようで、聖母マリアのごとき癒しであるという旅人の言を元にこの名前が付けられたという由来もあるが、単に“メアリーという名前の女が多かったから”という、より現実味がある由来も存在する。町人は、こぞって前者の由来説を支持する者が多いのだが、来訪者にとってはどちらが真実であるかは問題ではなかった。
 そんな二つの由来説を持つ町は今、祭りのために大いに賑わっていた。
 人混みの中、少女が声を張り上げる。
「フェリックス!」
 思い切り怒鳴ると、周囲の人々は一斉に少女の方を向いた。
 自分の声がどのくらい通りやすいか気づいていない少女は、周りの驚いたような視線も気にせずもう一度叫んだ。
「フェーリーックス!」
「呼んだか?」
 後ろから肩に手を置かれ、少女は驚いて飛び上がった。
 振り向いた先には、さっきまで呼び続けていた青年が立っていた。にこっと笑い、くたびれたカウボーイハットを取ると金髪が零れる。
「暑いなあ。人、多すぎだ」
 ぱたぱたと帽子で自分をあおぐ呑気な動作に、少女は益々激昂する。
「どこ行ってたのよ!」
「悪い悪い。ルースを一人で置いていくなんて……俺としたことが」
「全くよ。あんたそれでも用心棒!?」
「いやー、ジョナサンがはぐれそうになったから追ってったら、俺もはぐれちゃってさ」
「そのジョナサンは、どこに行ったのよ!?」
 弟の姿をきょろきょろ捜したが、人ごみの中には見当たらない。
「あれ? さっきまで一緒に……」
「ったくもう! よく、そんなので用心棒やってるわね! どうせ女の子、引っかけてたんでしょ」
「いやいや、とんでもない。レディやマダムの美しさを褒め称えたりはしたけれど……」
「遠まわしに肯定してんじゃないのそれ!」
「違うってのに」
 ルースの勢いに気圧され、フェリックスは一歩後ずさる。
 だからあんたは軽いって言うのよ、と言いかけたところでルースは人ごみの間を転びそうになりながら走る金髪の少年を認めた。
「ジョナサン、ここよ! いらっしゃい!」
 手を上げて叫ぶと、ジョナサンと呼ばれた少年はぱっと笑顔を浮かべた。
「お姉ちゃん! やっと見つけたー」
 ジョナサンはホッとしたように、フェリックスとルースのところまで駆けてきた。
「すごい人だね」
「パレード見ようと、みんな必死なのよ」
 いきなりパレードの始まりを告げるファンファーレが鳴ったので、ルースは背伸びをした。あまり背が高い方ではないので、全く見えない。
「別嬪さんが来たぞ」
 長身のフェリックスは、パレードの様子を見てにやにやしていた。
「ジョナサン、肩車してやろうか?」
「僕は子供じゃないよ」
「十歳って充分子供だろ」
 意地を張ってみせたジョナサンだったが、やはりパレードは見たいようでフェリックスの手を引いた。
「肩車じゃなくて……」
「わかったわかった。背負ってやるよ」
 フェリックスが背を向けて屈むと、ジョナサンは喜んでフェリックスの背中に飛びついた。そしてフェリックスが立ち上がると同時に歓声を上げる。
「うわあ、綺麗!」
「だろ? なるほど、ジョナサンはああいう子が好みか」
「ぼ、僕は女の人だけ見て言ったんじゃなくて、花とか衣装とか……」
 二人を横目で見ながら、ルースは呆れて額を押さえた
(ジョナサンに悪影響だわ……)
 そんなルースを見下ろし、フェリックスは笑って囁いた。
「この光景見て、勘違いされたらどうする? ――夫婦と息子って……」
「誰もそんな勘違いしないから安心して」
 途中で遮りフェリックスにぴしゃりと言うと、フェリックスは舌打ちしていた。
「大体ね。あたしは十五歳であんたは十九歳。そしてジョナサンは十歳よ。親子に見えるはずないでしょ」
「それもそうかー。ジョナサンが一歳ぐらいだったらなあ」
 とうとう相手にするのが面倒になってきたルースは無視することに決め、パレードを見るべく、ぴょんと飛び跳ねた。
 一瞬見えたと思った瞬間、フェリックスに見られていることに気づいた。
「よーし。じゃ、次はルースの番で」
「よ、余計なお世話よ! 別に見たくなんかないし」
 もちろん嘘だったが、ジョナサンのように背負われるなんて冗談ではなかった。
「遠慮しなくて良いのに」
「してないわよ」
 また意地を張ってしまうが、実際のところパレードの主役であるマリア役の少女はどんな子なのだろうという興味はあった。
 この町でだけ行われる“十三人のマリア祭り”がどんなものなのか、非常に気になっていたのだ。
「お祭りって、いつまで続くのかしら?」
「さっき町の女の子に聞いたけど、一週間は続くらしい」
「……一週間も公演ができないんじゃ、次の町に行った方が良さそうね」
 フェリックスの答えを聞いて、ルースは眉をひそめた。
 ルースの一家は旅芸人だ。各地で公演を行い、日銭を稼いでいる。今回、この町に着いて町長に公演したいと申し出たが、“祭りの間は公演はできない”と言われたのだ。
「パパとママに相談しなくっちゃ。パパとママはどこ行ったか知らない?」
 せっかくだからとこうして祭りを見にきたのは良いが、人が多すぎて家族がばらばらになってしまっている。
「さあ……。でもさっきオーウェンと一緒にいたから心配ないだろ」
「あらそう」
 兄が一緒なら大丈夫だとホッとする。
「第一、そんな心配することじゃないだろ? あんな熊みたいな親父さん襲う奴なんていないさ」
「そりゃパパのことは心配してないわ。問題はママよ。変な男引き寄せるんだから」
 妖しい色香のせいか、ルースの母は未だによく声をかけられる。しかも厄介な男に好かれるというおまけ付きだ。
「それよりルースは自分のこと心配した方が」
「あたしは大丈夫よ。大体あんた、そんなこと言っといてあたしを一人にしたくせに」
「悪い悪い」
 フェリックスはからから笑うだけで、全く反省している様子がない。
(何でパパは、こんな信用できない男を雇ったのかしら)
 心の中で毒づきながらも、ルースにもわかっていた。フェリックスは用心棒としては“当たり”だと。
 ルース一家は、新大陸に来てからあまりの治安の悪さに閉口して用心棒を雇うようになったのだが、フェリックスの前に雇った用心棒は――三人ほど変えたのだが――どれも性質の悪い用心棒だった。腕っ節は強いものの収益を横取りしようとする用心棒、いざとなったら助けてくれない用心棒、そもそもやる気がない用心棒――などなど。
 フェリックスは口こそ軽いが――いや態度も軽いが――銃の腕は確かで、必ず助けてくれる。ついでに賃金以上の対価を要求することはない――ルースを冗談で口説くのは別にして――。問題がないとは言えないが、賃金に見合う働きをしてくれる貴重な用心棒だと言えた。
 そのせいかジョナサンを筆頭に、父も母もフェリックスを心底頼りにしている。ただ兄のオーウェンだけは、得体が知れないと言ってなぜか嫌っているのだが……。
(あたしは、嫌いなわけじゃないけど……)
 ルースの視線に気づいて、フェリックスはにっかり笑った。
「何、俺に見惚れてた? しょうがないなー」
(こういうところが、心底むかつくのよね!)
「フェリックス。僕もう良いよ。お姉ちゃんと代わる」
 険悪な雰囲気を察したのか、ジョナサンがするりとフェリックスの背中から降り、慌てたのはルースだった。
「別に良いわよ、ジョナサン」
「遠慮しないで。お姉ちゃん、さっきからパレードのことすごく気にしてるもん」
「そうだルース。遠慮するなよ」
「良いってば!」
 三人でわあわあ喚いていると、いきなり前の人混みが割れた。
「ん?」
「え?」
 フェリックスとルースは、同時に開かれた道の先に目をやる。
 牧師の服を身にまとった青年が、こちらにやってくる。
「失礼します。外から来た方ですか?」
 牧師は、ルースに向かって息を切らしながら尋ねた。
「え、ええ。旅芸人一座の者です」
「突然のお願いで申し訳ないのですが――十三番目のマリアになってもらえませんか?」
 ルースは突然の申し出に、耳を疑うしかなかった。

 牧師は申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当に突然、失礼致しました。どうぞ、おかけください」
 牧師館に通され、ルースは落ち着かない気持ちのままソファに腰かけた。
 後ろには、用心棒らしくフェリックスが腕を組んで立っている。ジョナサンも彼の真似をしているのか、若干偉そうに腕を組んでいた。
「この祭りのことを、ご存知ですか?」
「いいえ。でも、隣の町で……ここで有名なお祭りが行われると聞きました」
 近隣の町はもちろん、遠くの町からも見物に来るらしい。だからこそ、あんなにも人が多かったのだ。
「この祭りの名前は、十三人のマリア祭りです。文字通り、十三人のマリア役の少女が必要なんです」
「変な祭りだな」
 ストー牧師の説明の途中で、いきなりフェリックスが口を開いた。
「十三ってのは、嫌われる数字だろ? なのに、なぜ」
「――疑問に思われるのも、無理はありません。ですが、祭りの中身を聞けば疑問は解けるはず」
 牧師は微笑み、説明を続けた。
「マリアと言っていますが、実は元は使徒のことです。この町には農業に適した土地も近くになく、特に産業もないため、男は外に出稼ぎに出るしかありませんでした。そのため、町にいる女の数が圧倒的に多かったんです」
 牧師は、淡々と歴史を語った。
「宗教劇をするにも、男が足りなかった。だから女たちは、使徒の代わりにマリアとしたのです。十三人のマリアがいると。いわば宗教劇を改変した。遊びの意図もあったのでしょうね。何せ娯楽も少なかったそうだから」
「なるほど。それで、それが段々評判になったのね」
「ええ。オリジナル劇のように見られ、他の町からも劇を見にくる人が現れた。そして、この祭りへと発展したんです。初日はパレードで、最終日に劇となります」
 ジョナサンの「へえ」という声が響いた。
「じゃあ十三番目のマリアは、ユダってこと?」
「ええ。“裏切りのマリア”です。役が役だから、町の女の子たちはやりたがらなくて。祭りが始まったのに十三人目が決まらなくて、困っていました。それで、心苦しいのですが……」
 牧師はためらいながらも、覚悟を決めたようにルースを見据えた。
「あなたの声は、人混みの中でもよく通ってました。聞いてみれば旅芸人だというし……最終日までに劇をこなせるのではないかと」
「それは……」
 芝居もやったことはあるが、本業は歌い手だ。自信はなかった。
「もちろん、お礼は致します。町長から話を伺ったんですが――祭りの間、公演ができないので困っていると」
 本当のことだったので、ルースはこくりと頷いた。
「祭りが終わるまでの宿泊代など、滞在費はこちらが持ちます。そして、終わった後の公演をお約束します。もちろん宣伝も任せてください。――いかがでしょう」
 ためらったが断るには惜しい条件だと思い、ルースは首を縦に振っていたのだった。

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