ニライカナイの童達
番外編 天の子守唄
五つの時、ティンは母親から引き離された。
「止めて! 放して! あの子は、私の子よ――!」
役人に腕を掴まれ、髪を振り乱して叫ぶ母親のクムに手を伸ばし、幼きティンは涙を零す。
「かあさま――!」
口を塞がれ、男に肩に担がれる。
「止めて! 連れて行かないでえええええ!」
絶叫が轟いても、役人は足を止めない。遠ざかる母が見える。見たこともないぐらい取り乱した母は、真っ赤な目をしてティンの名前を叫び続けていた。
それから船に揺られ、連れて行かれた家には、見知らぬ老婆が待っていた。
「お前が、ティンだね」
「……は、はい」
背後を伺う。後ろには、おっかない役人が二人も座っている。とても、逃げられなさそうだった。
「きっとお前は、母親が恋しいだろう。だけど、いつかこれでよかったと思える日が来る」
「どう、して」
「あの女は、狂い始めていた。お前に危害を加えないとも限らない。そのため、うちで保護することにした」
もっともらしく言っていたが、ティンはきっと老婆を睨みつける。
「かあさまは、狂ってなんかいない!」
「今はまだ、大丈夫なだけだ。……まあ、こちらの都合もあるんだけどね。――マヅル」
老婆が名を呼ぶと、ほっそりとした女性が入って来た。その手に、何かを抱いている。彼女が近くに座って、それが何か悟る。――赤子だ。
「この子は、ククル。お前同様、神の血を引く子だ。半神ではないが、先祖返りで神の血が濃く出てね」
「……」
眠る赤子を見せられて、一体どうしろというのか。ティンは赤子から目を逸らした。
「お前の父親も、この子の祖先も海の神。そのため、この子はお前の血に眠る力を発動させることができるだろう。この子と、その力を使ってこの島を守ってほしい」
この老婆は、何を言っているのだろう。
「いやだ、って言っても?」
「――強制だよ、これは。お前のためでもあるんだ」
じっと見つめられたが、ティンはその視線を真っ向から受ける。
「かあさまに、会わせて」
「それはできない」
退く気がないのは、彼女も同じようだった。
そうして、ティンの望んでいない新たな生活が始まった。
赤子のククルは、霊力《セヂ》が高いせいか家人も扱いに困っているようだった。彼女の霊力が暴走し、熱くて触れられない状態になることが、ままあった。
その度、ククルの祖母が鎮めるべく祝詞を唱えていたが、ある時どうしても鎮まらない時があった。汗をだらだらと流しながら、肩を落とす祖母の後ろに立って、ティンは首を傾げる。
「……ティン、どうしたんだい」
「僕に、やらせて」
祖母が目を見開く間に、ティンは布団に寝かされたククルに近付く。火傷をしそうなほど熱い体に触れたが、不思議なことにティンは彼女を抱きあげることができた。
「お前、熱くないのかい」
「あまり。……ククル」
初めて彼女の名を呼んで、腕の中で揺らしてやる。
己の血潮を意識する。彼女に流れ、強く表れているのも、同じ血だ。目をつむり、荒れ狂う海が治まり、凪いだ状態になるところを想像する。
すると、ククルの体から熱が消えて行った。
「なんと――。さすが、神の子だね。それだけで、鎮められるのかい」
「うん……」
「悪いけど、これからもやってくれないか。あたしの祝詞でも、無理な時は無理でね。鎮めないと、この子の命も危険だから」
「……いいけど」
赤子を見捨てるのは、気分が悪い。
どうやら自分が連れて来られたのは、彼女の力を使うためらしいので、ククルを恨まないわけではなかったけれど。恨みを、この無力な赤子にぶつけたって仕方ないだろう。
大人しく言うことを聞いていたら、ひょっと気が変わって母の下に帰してくれるかもしれない。子供らしく、ティンはそんな算段を立ててもいたのだ。
それから、ティンはククルの面倒を見るようになった。
熱を出した時に、抱き上げて、揺らして鎮めてあげる。時折、歌ってあげることもあった。
歌うと、ククルは鎮まった後に嬉しそうに目を細めた。
「お前は、歌が好きなのかい」
こちらまで嬉しくなって、温かな気持ちを意識してしまう。
面倒を見る内に、情が移ってしまったらしい。母親から引き離されて、ささくれていた心が、この無力で無垢な子供に癒されていく。
「あう」
ごそごそと、胸のあたりを探られ、びっくりしてしまった。
「……ああ、お乳がほしいんだね。待って」
ティンは彼女をあやしながら、ククルの母のところに向かった。彼女は、自室で縫物をしていた。
「あの、お乳がほしいみたいで」
「……ああ、はい。ありがとうね」
ククルを渡すと、彼女は縫物の手を止めて、床に布と針をそっと置いた。そうしてククルを受け取り、襟元をくつろげて白い乳房を晒す。
ティンは一礼して、その部屋を後にした。
縁側に座り、腕の中のククルに話しかける。
「今日はご機嫌だね」
ククルは、にこにこ笑っていた。あ、かわいい、と呟いて指を近付ける。指の動きを追って、目が動く。
「あーうー」
何か訴えるかのように、ククルは呻く。ククルの手は、外に向かって伸ばされていた。
外に行きたいのだろうか、と首を傾げて、ティンは立ち上がる。
門の外に出ると、少し距離を取って、男が付いて来た。ティンの監視役兼護衛として、ククルの祖母が雇っている者だ。
ティンは男の存在を無視して、浜に向かった。ククルは腕の中で、嬉しそうに目を細めている。
「ああ、やっぱりね――」
ティンもたまに、無性に海に行きたくなる時があった。ニライカナイが近付く日、どうしても恋しくなるから。
海風が、ティンの茶色い髪をあおる。
(かあさま……)
幼い心は、まだ母を呼んでいる。
母は、大事ないだろうか。泣き暮らしていないだろうか。
はらり、涙が一筋伝う。その涙はククルの頬に落ちてしまって、まるでククルが泣いたみたいになってしまった。
おそらく、これは代価行為なのだろう。そう自覚しながらも、何かを埋めるかのように、ティンはククルに愛情を注ぎ続けた。
ククルの面倒を見るのは、ティン一人ではなかった。雇われた子守役の娘がいたし、もちろん母乳はククルの母がやった。
だけど、彼女が喋るようになり、歩くようになった後は、ティンに一番懐いた。
「あにさま」と舌足らずの声で呼び、いつも付いて来る小さな彼女はかわいらしかった。
成長するにつれ、ティンは心のどこかに淋しさを覚えながらも、ククルの“兄”としての生活に慣れていった。母のことを、忘れた日はなかった。だけど、いつも監視されていたし、戻る機会もなかった。それに、ククルがかわいくて、彼女を置いて行く気にはなれなかったのである。
今日の昼餉《ひるげ》は、父母も祖母も用事があって出かけていたので、ククルとティンの二人だけだった。
「おいしー」
ククルは汁の椀を傾け飲んでいたが、上手に飲めていなくて口元からだらだらと零していた。
「あれあれ。ちゃんと、口にくっつけないと」
苦笑し、ククルの口元と着物を手拭いで拭ってやる。ここまで見事に汚していたら、着替えた方がいいだろう。
ぬるいすまし汁だったので火傷はしていないだろうが、一応「どこも痛くない?」と聞いてやる。ククルは首を横に振っていた。
ティンは手早く麦飯をかっ込み、茶碗を置いて自分の昼食を終わらせる。
「着替えようか。ほら、立って立って」
促すと、ククルはきょとんとしながらも立ち上がった。
ククルを着替えさせ、残りを食べさせて。すっかり疲れたティンだったが、午後からは家庭教師が来るので休む暇もなかった。
庶民の識字率は高くない。だが、この島ひいては諸島の守護役を名乗るこの家では子供に文字を教えることになっているらしい。
王府の役人が協力していたこともあるし、ティンが思っている以上に名家なのだろう。
授業を終えて一息ついたティンは、ククルを連れて浜辺に向かった。
静かな青い海を見つめながら、ティンは息を付いた。今日は、ニライカナイが近い。心がざわつくと同時に、落ち着く。不思議な気持ちだ。
(父上。母上は、どうしていますか?)
父である神に、心の中で呼びかけてみる。もちろん、返事はないのだけれども。
ふと、ククルを見下ろすと、彼女は砂遊びをしていた。
ティンは落ちていた木の枝を拾って、砂で字を書いてみた。
「ククル、見てごらん」
「う?」
「これが、ククルの名前だよ」
“心”と書いて、ククル。砂に刻まれた字を見て、ククルの目が見開かれた。
「あにさま、すごいー。字がかけるの!」
「今、習っているんだよ」
「あにさまは? あにさまの字は?」
「僕の字は、これ」
“天”と書いて、ティン。すらすらと書いてやると、ククルは感心したように手を叩いた。
「きれいな字」
「そう?」
苦笑しながら、ティンは昔に、母が「天から授かった子だから、ティンと名付けた」と言っていたことを思い返す。
夢のような逢瀬を、母はうっとりと語っていたっけ……と懐かしさに目を細めていると、後ろから声をかけられた。
「失礼」
「――はい?」
振り向くと、髭面の男が立っていた。彼は大きな体躯にも関わらず、気配が薄かった。まるで、わざと存在感を消しているかのように。
「あんた、クム様の息子だろ」
「……」
ティンは、目を見開く。クム――母の名を、どうして。
「ちょっと、聞いたことがあってな。あんた、母親の元に帰りたいなら、協力してやるぞ」
「協力?」
「ああ。明日の明け方、信覚島《しがきじま》に向かう船を出す。それに、乗るといい」
ティンが小さく頷くと、彼はさっさと立ち去ってしまった。
ふと見渡すと、いつもの護衛役がいない。何かあったのだろうか。不安になって、ティンはククルを抱き上げた。
「うーん? もう帰るの?」
「うん。少し、気になることがあるからね」
護衛が傍にいないのが、気になった。さっきの男が何かしたのだろうか。ティンを帰してやる、と言ったのだから、こちらの味方なのだろうが――。
彼がどうしていたかは、帰宅した数刻後にわかった。
祖母が、怒鳴っていたからだ。
彼女は廊下で怒鳴っているらしいが、あまりの大声だったので自室で勉強していたティンの耳にもしっかり聞こえて来た。
「何のための護衛だい! 知らない奴に酒を飲まされて酔っ払っただなんて、言い訳にならないよ!」
どうやら、護衛の男は酒を飲まされて、ぐでんぐでんになって、ティンの後を付いて来られなくなったらしい。
あの男の仕業だろう、と納得してティンは目を細める。
(どうしよう)
あの護衛も、夜はさすがに家に帰っている。夜中に抜け出し、朝方に出発する船に乗せてもらうことは、十分可能だ。
一応、護衛という監視を付けられているものの、祖母は油断している。ティンはまだ幼いし、島から抜け出せると考えていないのだ。更に、協力者がいるとは思っていない。
本来の家に帰って、母に抱き付く光景を思い描く。湧いて来た、甘く温かな気持ちに、目を閉じる。
けれど、ティンには心残りがあった。ククルだ。
ティンが置いて行ったと知ったら、ククルは大泣きするだろう。あの子を傷つけたくはなかった。それに、まだククルの血は荒ぶる時がある。ククルには、まだティンの鎮めが必要だ。
(そうだ。連れて行こう)
決心し、ティンは一つ頷く。
母ならきっと、ククルも快く迎えてくれるだろう。
今日は一緒に寝ると宣言すれば、連れて行くのも容易い。
母と、ククルと、自分。これぞ理想の家族ではないか。大好きな二人に囲まれることを夢見て、ティンは頭の中で計画を立て始めた。
その日、ククルは夜から熱を出してしまった。彼女にはかわいそうだが、都合がいい。ティンは「僕の部屋で寝かせます」と宣言して、ククルを抱えて自室に入った。
祖母も父母も、いぶかしんでいなかった。
ホッとして、ティンはいつものようにククルの血を鎮めてやろうとする。
だが、今日はなかなか鎮まらなかった。首を傾げ、子守唄を歌ってやって初めて、少し熱が下がる。
「……うーん」
ククルを腕に抱いたまま額をくっつけると、まだほのかに熱い。微熱が残ってしまうのは、初めてだ。
(――まさか)
ティンは、己の心中を意識する。今日は、ずっと心がざわついていた。家を抜け出すことに対しての不安、恐怖、そして期待というもので、心が乱されていた。
ティン自身が鎮まっていないから、ククルを鎮めることができないのだろう。
納得して、ティンは布団にククルを寝かせてやる。
「……ごめんね。今夜だけ、我慢しておくれ」
ククルは苦しそうに呼吸を繰り返して、目を固く閉じていた。
風呂に入って、寝支度をして、ティンはククルの隣で眠った。いや、眠るふりをした。
いざ朝になったらと思うと怖くて、目を閉じられなかった。暗い室内で、妹の頭を撫でてやりながら、ティンは脳内の計画をなぞる。
夜中に抜け出し、波止場に行く。これだけ、これだけだ。
そのまま、時間が過ぎるのを待っていた。頼れるのは、感覚だけ。
そろそろいいだろう、と判断してティンは手早く着物を着換える。護身用の小刀を懐に入れて、ククルを抱き上げた。
部屋を出て、寝静まった家の中を歩くのは、相当緊張した。足音に気を付けていても、誰かが起きて来そうで。また、ククルが起きて声をあげないかも不安だった。幸い、ククルは大人しく眠っていたが。
慎重に戸を開き、外に出る。月の位置は、大分低い。良い頃合いだ、と頷いて、ティンは足音を立てないように注意しながら家から離れた。
もういいだろう、というところで、走り出す。
母様は、喜んでくれるだろうか。
笑みが止められず、ティンは波止場を目指したが――ぐい、と首を掴まれて驚愕した。
「……やっぱりか」
手を放され、振り向くと、ククルの父が立っていた。その後ろには、厳しい顔をした祖母も佇んでいる。
「見張っていてもらって、正解だったね」
「どうして、おばあ様」
震える声で、詰問すると祖母はため息をついた。
「わしは馬鹿じゃない。護衛の者が酔わされたのは、理由があるだろうと思っていた。護衛が付いていないのをお前が気付かないはずがないのに、お前からは報告しなかったね。何かあったと、踏んだのさ」
「……」
唇を噛み、ティンはうつむく。
「ティンや。気持ちはわかる。……これは言いたくなかったのだが、お前――以前の暮らしを覚えているかい?」
「以前の暮らし? ……少しは」
ひっきりなしに人が出入りして、毎日ご馳走が振舞われて、母はいつもティンをかわいがってくれた。
「豪奢な暮らしだったろう」
黙って頷くと、祖母は眉をひそめた。
「うちの家も、神女《ノロ》の家系だ。クムのところと違って、最初からノロと定められた名家。そんなうちと比べ、おかしいと思わなかったかい?」
「え……」
そこで、ティンは気付く。以前の暮らしは豪奢すぎたのだと。
「クムはね、お前を見世物にして金を取っていたんだ。幼いお前には、わからなかっただろうけどね。神の子だと触れ周り、拝みに来た者から金を取っていた。神の子なんて、このご時世には貴重だ。たくさんの人が、参りに来たそうだよ。だが――そういうことは、しちゃいけないんだ。うちからも警告に行ったし、王府から警告も入った。だけど、クムは止めなかった。まともに見えたが、タガが外れていたんだよ」
ティンはその話を聞いた衝撃で、ククルを落としそうになってしまった。
「正直に言うけどね、うちもお前を利用できると思ったから連れ去った。そこは否定しないよ。だけど同時に、あんたがあそこにいるといけないと思ったのも、たしかなんだ。最悪、神からの罰を受けるかもしれないしね……」
ふう、とため息をついて祖母は顔を上げる。
「さあ、どうする? 無理矢理、引きずられるかい? それとも、自分の足で歩くかい?」
「歩き、ます」
「じゃあ、付いておいで」
肩を怒らせ、歩き出す祖母の後を追って、ティンは力なく歩を進める。その後を、ククルの父が付いて来る。ティンが逃げないよう、警戒しているのだろう。
「……ティン。お前の気持ちもわかるが、ククルを連れて行こうとしたのは感心しないね。その子を巻き込むんじゃないよ。お前の母親は、その子を歓迎しない。うちの子だと知れば、殺そうとするかもしれない」
びくりと、肩が震える。その拍子に、眠るククルが呻いた。
そうか、とティンは自覚する。ティンは、大好きな母とククルと共に暮らせたら、と自分の感情のことしか考えていなかった。ククルがどんな目に遭うか、母がククルをどう思うか、想像もしなかった自分が恐ろしくなる。
阻止されて、よかったのだろう。だけど、母を求める心は理屈では納得しなくて、苦い痛みを胸に残した。
家に戻り、自室に戻ろうとしたティンの頬を、ククルの父が思い切り平手打ちする。
思わず倒れ込みそうになった腕を掴まれ、立たされる。
「これは、罰だ」
短く言って、父は立ち去ってしまった。祖母は眉をひそめたものの、何も言わずに廊下を歩いて行く。
「……」
部屋に戻り、ククルの体を布団に横たえてやった後――ティンは、さっきの痛みと胸の痛みのせいで、火がつくように泣き出してしまった。口の中が切れたらしく、血の味がする。
こんなに大泣きするのは、連れ去られた日以来だ。
座って、声をあげ泣いていると、腕に小さな手が触れた。
「あにさま、どうしたの!?」
ククルが目覚めてしまったらしい。
「……」
思わず、その姿を見て――醜い感情を抱いてしまう。
お前のせいだ、と響く声がある。
ティンが連れ去られたのも、さっきぶたれたのも、何もかもこのククルのせいだ。そんな、理不尽な気持ちが溢れる。
気が付くと、手を振り上げていた。
何をされるかわかったのか、びくり、とククルの体が震える。潤んだ大きな目が、ティンを見つめる。
「あにさま。ククル、悪いことしたの? ごめんね、ごめんなさい。わかんないけど、泣かないで。怒ってるのね。ククル、悪いことしたならごめんなさい」
その言葉を聞いて、みるみる内に感情が解けていく。代わりに、また涙が溢れた。
手を下ろし、ティンは拳で涙を拭う。
ククルはおろおろして、ティンの頭を撫でる。
「あにさま、よしよし」
いつもティンがかける、言葉を覚えていたらしい。必死に、幼いククルはティンを慰めようとしている。
それが、いとけなくて、愛しくて……ティンは、自分の心がようやく凪いでいく感覚に、安堵した。
ティンはそっと手を伸ばし、その小さな体を抱き上げる。
膝に抱えると、ククルはきょとんとしてティンを見上げた。
「ククル、覚えておいて。どんなに辛くても、罪のない者に当たってはいけないとね。そうすると、新たな哀しみを呼ぶからね」
ククルに、と言うよりは自分に言い聞かせるように、ティンは語った。ククルはよくわからないようで、首を傾げていたが、構いはしない。
何も知らない、無垢な少女。
そう、彼女は神の家に生まれついてしまっただけ。たまたま、先祖の血が濃く出ただけ。罪はない。
頬に手を滑らせ、額に額をつける。
ああ、とホッとする。ようやく、微熱も収まったようだ。
「あにさま、かなしいの?」
「うん? 大丈夫だよ。ほら泣き止んだ」
ティンは体を離し、笑ってククルを見下ろす。ククルは、いきなりティンが大泣きしたものだから、とても驚いたのだろう。まだ心配しているらしい。
「……あのね、あにさま。ばばさまが、もうすぐククルに祈り方を教えてくれるって! そうしたらククルは、あにさまのオナリ神になれる。あにさまを、守れるの。かなしいことからも、守るの」
幼くて拙くて、それでも力強い言葉に、ティンは口元を綻ばせた。
「そうか……。なら、僕も――ククルの兄弟《エケリ》として、君を守るからね」
もう、傷つけたりしない。恨んだりしない。
誓いを胸に、ティンは妹の目を見据えて頷いた。
ティンとククルが兄妹神としての力を使えるようになったのは、これより二月後のことであった。
(了)