1. Saga of the West

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 話を聞いた途端、フィービーとエウスタシオはちらりと視線を見交わして黙り込んでしまった。
「あの、だめかしら――」
「だめ、というか……私たちに頼むとは、あなたも肝が据わってますね」
 ルースが声をかけると、エウスタシオは呆れた様子を隠そうともせずに、言葉を放った。
「全く、図々しい小娘だ。なぜ私たちが、あの男を助けねばならんのだ」
「でも――それでフェリックスが死んだら、あなたたちも困るでしょう」
「それもそうだな。死ぬ前に、何とかして吐かせる方法もあるが」
 フィービーの冷たい言葉に、ルースは立ち上がって机を叩いた。
「ちょっと! これは冤罪なのよ! さっきも言ったけど、犯人はブラッディ・レズリーの可能性が高いんだから!」
「――ふむ」
 フィービーは考える素振りを見せてから、エウスタシオに顔を向けた。
「どう思う」
「もし本当にブラッディ・レズリーの仕業なのだとしたら、私たちが出て損はありません。それに、あれには借りもできてしまいましたしね。ここで借りを返しておけば、すっきりするんじゃないですか?」
「それもそうだ。――よし、わかった。協力してやるから、有り難く思え」
 こうして無事、連邦保安官の協力を得ることに成功したのだった。
「さて、それでは現場に行きましょうか。フィービー様」
 エウスタシオは立ち上がったが、フィービーは動かなかった。
「待て。まだ、こいつとの対決が終わってないんだ」
 フィービーはジェーンを指さし、鼻を鳴らした。
「まだ言ってるんですか。大体、どうして私に手紙の内容を言わなかったんですか」
「言えば、お前は止めるだろう」
「止めますよ、それは」
 フィービーの方が偉いだろうに、明らかにエウスタシオが叱る形になっている。
「痴話喧嘩はそこまでにしたら? 私は対決してもしなくても、どっちでも良いわよ? どうせ私が勝つし」
「――何だと?」
 ジェーンの挑発的な発言に、フィービーは立ち上がってホルスターに手を伸ばした。
「お前にだけは、負ける気がしないな!」
「あーら、本当? 乱射しか能がないくせに、私を倒せるとでも思ってるの? ノーコンさん」
 ピキピキピキ、と明らかにフィービーがキレまくっているのがわかる。
「ジェーンさん、挑発しないで……」
「あらごめんなさい、お嬢ちゃん。そうね、しばらくは協力するんだもんね。つい、いつもの癖で。行きましょうか」
 ルースが止めると、ジェーンは笑って立ち上がった。
「待て! 決闘しろ!」
「まあまあフィービー様、今日は止めておきましょう。時間がもったいない」
「何だと!?」
 なだめるエウスタシオと銃を振り回すフィービーを見て、ルースは密かに「この人たちに頼んで大丈夫なのかしら」と呟いた。

 両親とオーウェンに、ルースは捜査に同行する旨を告げた。
「俺も行こう」
 オーウェンの申し出は有り難かったが、ルースは首を横に振った。
「兄さんは、ジョナサンに付いててあげて。フェリックスが捕まったことは、言わないであげてね」
「……ああ」
 オーウェンは少し不服そうに眉をひそめ、昏々と眠り続けるジョナサンを振り返ってから、ルースに視線を戻した。
「お前も、疲れているんじゃないのか」
「大丈夫。じっとしていたくないし、何よりあたしは現場を見たの。何か役に立てたら良いんだけど」
 オーウェンは顔をそむけて、息をついていた。
「兄さん、どうしたの?」
「何でもない。ただの自己嫌悪だ」
「ふうん?」
 変な兄さん、と呟いてからルースはオーウェンの手を取り、しっかりと握った。
「ジョナサンを、お願いね。あたしたちの、大事な弟を」
「――ああ。わかってる」
 普段は頑ななオーウェンの表情が解けるのを見て、ルースは安心して微笑んだ。

 例の屋敷を目にすると、胸が痛んだ。
 さすがにもう遺体は残っていないが、血の跡はまだ拭われていなかった。
「どなたですか?」
 勝手に上がりこんだ四人を見咎めるように、執事の男が出てきた。
「連邦保安官だ。捜査させてもらう」
 フィービーがバッジの輝く胸を逸らすと、執事の男は眉をひそめた。
「もう犯人は、捕まっていますが……」
「知っている。だが、いくつか疑問点があってな。我ら連邦保安官の管轄になるかもしれないから、念のための捜査だ」
 フィービーの説明に、執事は「そうですか」とだけ言い残して去った。
 普段は無茶苦茶とはいえ、フィービーにはやはり連邦保安官としての威厳がある。
「あの執事が証人なのか」
「いえ、メイドだそうよ」
 フィービーの問いに、ジェーンが簡潔に答えた。
「ふむ。その女にも会ってみたいな」
 フィービーは考え込む動作を見せてから、血の跡が残る床の傍に膝を付いた。
「小娘。詳しい状況を説明しろ」
「え、ええ。まず、あたしは向こうの廊下からここに歩いてきたの。そしたら、この壁際に立ってた……えっと」
「アンダースン氏よ」
 このジェーンの補足で、ルースは初めてあの老人の――本当は老いていなかったらしいが――名前を知った。
「アンダースンさんが、あたしを引き寄せて盾にしたの」
「ふむ、人質になるとは情けない。小娘、そういうときは頭をぶち抜け」
「あたし、銃持ってなかったもの」
「なら、殴るか蹴り上げろ」
 フィービーは無茶を言ってきた。
「止めなさいよ、フィービー。お嬢ちゃんは私たちみたいに、荒くれ者たち相手に渡り合えるような子じゃないの。――さあ、続けて?」
 ジェーンが止めてくれたおかげで、ようやく話を再開できた。
「そしたらね、ここに立ってたフェリックスの後ろから、覆面の男が近づいてきたの。フェリックスの手首をつかんで、こう倒した」
 動作を真似しながら、視点を低くする。
「――そして、銃を撃ったの。何だか、よくわからない会話してたわ。この銃じゃ満足できない、欲しいのは技だとか……」
 そこでジェーンが話を遮った。
「お嬢ちゃん、話はそこまでで良いわ。先にメイドの話を聞きましょう。さっきのお嬢ちゃんの話と噛み合うかどうか、聞きたいわ」
 ジェーンの意見に、フィービーの「では、そうするか」という気楽な応答があり、フィービーたちは先に家の奥へと行ってしまった。
「付いていく前に、お嬢ちゃん」
 ジェーンはルースに顔を近づけ、鋭く囁いた。
「まさか、“西部の伝説”のことを聞いた?」
「……そういえば、そんなことを言っていたような……」
「そのことは連邦保安官たちにも、絶対に言っちゃだめ。わかったわね? フェリックスが危険な目に遭うわ。理由は後で言う。返事は?」
「は、はい!」
 大きな声の返事にジェーンは一つ頷いて、フィービーたちが消えた方へと足を進めた。
「いきなり、ごめんなさいね。さあ、私たちも行きましょう」
 ジェーンの剣幕には何事かと思ったが、ルースは気を取り直してジェーンの背を追った。

 メイドは四人を前にして、怯えた様子を見せた。
「み、見たものは見たんです」
「嘘! あたしは知ってるのよ! あなたは、嘘をついているわ!」
 進み出たルースを、エウスタシオが手をかざして制した。
「そこまで。――この少女はこう言ってますが、本当にあなたはフェリックス・E・シュトーゲルがアンダースン氏を殺したところを、見たんですね?」
「え、ええ……。本当です」
 メイドの青ざめた表情はどう見ても尋常ではなかったが、決して口を割ることはなかった。

 手がかりなしのまま日が暮れたので、町に一旦戻ることになった。裁判は三日後だというので、あまり時間はない。
 保安官二人は宿に行く前にサルーンに寄るつもりだと言ってきたので、宿の前で一旦別れることになった。
「決闘は裁判の後にしましょうね、フィービー」
「ああ。首を洗って待ってろよ」
 宿の前で交わされた別れ際の不穏なやり取りにルースは呆れたが、エウスタシオはもっと呆れた表情をしていたので、つい笑いそうになってしまった。
「さて、お嬢ちゃん。部屋に戻る前に、何か食べましょう」
「はい」
 二人は宿内の食堂で、簡単な夕食を取ることにした。もう夜も遅いので、家族は既に夕食を終えて部屋に引き上げているだろう。
「多分、気になっていると思うんだけど」
 食事が運ばれる前からビールを豪快に飲み干したジェーンは、ジョッキを置いてルースを真剣な目で見つめた。
「“西部の伝説”のこと。あれは、誰にも言っちゃだめよ」
「どうしてなんですか?」
 ジェーンは声をひそめ、ルースに顔を近づけた。
「“西部の伝説”は、撃ち方の名前なの。目にも止まらぬ射撃の方法よ」
 そこで料理が運ばれてきたので、会話は一旦中断となる。二人は、やたら塩気の強いピラフを口に運ぶ。半分ほど食べたところで、ジェーンは会話を再開した。
「西部開拓が始まった頃――ビリー・L・ホワイトと呼ばれる伝説のガンマンがいたの。その人が編み出した撃ち方が、“西部の伝説”と呼ばれるようになった」
「撃ち方が、伝説になったの?」
「そう。あまりにも絶対的な技だから、悪用されないようにビリーは誰にも教えないようにしていたそうよ。でも、信頼していた七人の弟子だけに技を授けたの」
 ルースは話に聞き入るあまり、ピラフを食べるのも忘れてしまっていた。
「ビリーの死後、その七人はことあるごとに狙われたらしいわ。“西部の伝説”を教えてもらいたいがための誘拐、そんな“西部の伝説”を持つ者がいては困るという者による暗殺……等々。結局、みんな若くして死んだのよ」
「そんな、早撃ちの技を持つのに死んじゃったの?」
「人を殺す方法は色々あるわ。たとえ“西部の伝説”を使えたって、死は避けられない」
 ジェーンの深い青の目を見つめ、ルースはすっかり忘れていたピラフにスプーンを差す。口に入れると、少し冷えてしまっていた。
「だから“西部の伝説”は、絶えたと思われていた。でも、その弟子の一人がひっそりと誰かに伝えていたらしいの。つまり今も“西部の伝説”を使える者は、存在するのよ」
「それが――」
 名前を言いかけたが、ジェーンの厳しい視線を受けて口をつぐむ。
「使えることがわかったら、狙われてしまうわ。だから誰にも言わないし、あの子も人前では使わない。あの子は普通の撃ち方でも、相当早い方だからね。必要がないのよ」
「でも、それだったら何のために“西部の伝説”を教わったのかしら?」
「どうしようもないときのためよ。“西部の伝説”でしか間に合わないときがあったら、あの子はそれを使うわ」
 そこでルースは思い出した。あの借金取りを名乗る男と銃を撃ち合ったとき、ジョナサンを庇ったため普通の速さでは間に合わなかったのだろう。だから、フェリックスは“西部の伝説”を使ったのだ。
「あまりにも早いから、ガンマンが見たらわかるのよ」
「そっか。確かにあの人、そんなこと言ってたわ。――フェリックスは、“西部の伝説”をジェーンさんの師匠でもある人から習ったの?」
 ジェーンとフェリックスは、師匠が同じだということを思い出して尋ねたが、ジェーンは渋い顔をしていた。
「あの子が誰に習ったかも、私は言わないわ」
 ジェーンに明かすつもりはないようだとわかったので、ルースはそれ以上追求しないことにした。
「で、事情はわかった? お嬢ちゃん。だから絶対に、あの子がそれを使えることは他言しちゃだめよ」
「はい」
 確認されたので、ルースは目を逸らさずに、深く頷いた。