7. A Stray Girl

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 手紙をフェリックスに渡してくれるように宿の店主に頼み、ルースは荷物を抱えてガンショップへと向かった。
 オーウェンからの手紙にあった通り、“L”と告げると店主はわかったように頷いた。
「三人、付けるよ」
「――ありがとうございます」
 オーウェンはどうやって、こんなやり方を知ったのだろう。オーウェンを助けた行きずりの人が、教えたのだろうか。
 ガンショップの男が奥に消えてすぐ、三人の男たちが店の裏口から入ってきた。
「この三人で、良いね?」
「え、ええ」
 ルースは引きつった笑みを浮かべた。
 三人とも若い男たちだったが――どうも、人相が悪い気がする。
「お嬢ちゃん、怖がることはないよ。こいつらは人相は悪いが、そう悪い奴らじゃない。あんたを、ちゃんと送り届けてくれるさ」
 店主が保証してくれたので、ルースはためらいがちに頷いた。

 ルースと護衛の男三人は馬に乗って、ウォーターソンの町を出た。
 最初は警戒していたルースだったが、時折見せる気遣いなどを見ている内に男たちがなかなか気の良い人たちなのではないかと思い始めた。
 そして――そろそろ夕方か、というときに後ろから叫び声が響いた。
「ルース!」
「――フェリックス」
 フェリックスは、思ったより早く帰ってきてしまったらしい。
 唇を噛み、ルースは怒鳴った。
「こ、来ないで!」
「……何を言っているんだ」
「兄さんが手紙で言ってたのよ。あんたは、ひ……ひとごろしだって!」
 静寂の支配する荒野に、ルースの金切り声にも似た高い声が響いた。
 フェリックスは傷ついたように、眉をひそめた。
「――確かに、俺は悪魔を殺すときは人を殺す。だけど、それは……そうしないと魂が救われないからだ」
「あんた以外の悪魔祓いなんて、見たことないもの! それが本当だって、どうしてわかるの!?」
 ルースは手綱を握り締めて、怒鳴り続けた。
「ルース、信じてくれ――」
「あんたが、姉さんを殺したの!?」
 フェリックスは虚を突かれたように、動きを止めた。
「そうなのね……」
 怒りで、目の前が真っ赤になる。
(あたしは、姉さんを殺した男をずっと信用していたのね)
「来ないで! ジョナサンの治療法も、あたしたちで探すわ!」
「ルース――」
 フェリックスは諦めたようにため息をついたが、ルースを取り囲むように佇む三人の男たちを見て厳しく誰何した。
「お前たちは何者だ?」
「このお嬢ちゃんを守るために、雇われた護衛でね」
「嘘つけ」
 フェリックスは直観的に何かを感じ取ったらしく、銃を抜いた。
「本当よ。あたしが雇ったのよ」
 ルースが保証したものの、フェリックスは信用しなかった。
「違う。用心棒にしちゃ、おかしい」
「何がおかしいのよ」
「用心棒なら、お前を人質に取らないだろう」
 ルースはハッとした。後頭部に堅いものが当てられる。――銃だ。
「あんたは、随分な銃の使い手らしいからな。大人しく俺たちを行かせてくれないと、このかわいい頭が吹き飛ぶぜ?」
 信じられなかった。男たちはルースを人質にして、フェリックスを脅しているのだ。
「もう一度聞く。何者だ?」
「雇われ者だ。もっとも……このお嬢ちゃんに雇われたわけじゃないけどな」
 フェリックスと護衛のふりをしていた男の会話を聞きながら、ルースは自分のうかつさを呪った。
 あれは、罠だったのだ――。
 どうやって兄の手紙をねつ造したのかはわからないが、今思えばおかしいことだらけだった。
(このまま、思い通りになんてさせないわ)
 ルースは油断している男たちを見て取って、馬の横腹を蹴った。
 道の横には、不毛の大地が広がっている。あそこに逃げ込めば、まけるはずだ。
「しまった! 追え!」
 銃声が鳴り響き、頬を銃弾がかすめる。
 頬が、熱い。
「ルース、だめだ! そっちは砂漠だ! 迷いこむぞ!」
 フェリックスの絶叫に従って制止したいのは山々だったが、後ろから響く蹄の音がそうはさせてくれなかった。
「お願い、走って……走って……」
 馬に懇願するように、ルースは横腹を蹴って拍車を入れる。
 今まで体感したことのないような早さに目が回りそうになりながら、必死に手綱にしがみつく。
 背後の銃声が遠くなる。
 馬が大きな岩を飛び越えたとき、ルースの体は宙を舞った。
「――ああっ!」
 放り出された体が、堅い大地に叩きつけられる。
 石にぶつけてしまったのか、頭に痺れるような痛みが走った。
 馬はルースを落としたことにも気づかず、走っていってしまった。蹄の音が遠ざかり、完全に絶えて――恐ろしいほどの静寂がやってきた。

 どのぐらい、じっとしていただろう。
 頭を怪我したせいなのか、思考が定まらない。体中が痛くて体も起こせない。
(天罰だわ……)
 すっかり暮れた空を見上げながら、そう思う。
 ろくに確かめもせず、ひとを疑った。その罰が当たったに違いない。
 フェリックスに相談すれば、すぐに露見する罠だったのに。
 そのままじっとしていると、遠くから声が響いた。
「……ルース!……」
 フェリックスの声だった。
 声を出そうと思って、戸惑う。
 自分に助けてもらう資格が、あるのだろうか。
 ひとごろし、とひどい言葉を投げつけてしまったのに――。
 だが迷うまでもなく、フェリックスはこちらを見つけたらしい。蹄の音が近づいてすぐ、フェリックスが傍らに降り立った。
「大丈夫か、ルース。怪我……したのか?」
「……後頭部を、石でぶつけたわ」
 フェリックスはルースの背中を持ち上げ、体を起こして後頭部を見分した。
「ひどいな。動かさない方が良い。日も暮れてしまったし、砂漠を抜けるのは大変だ。今日はここで野宿しよう」
「……何で、助けてくれるの……」
 ルースの問いに、フェリックスは目を見開いた。
「あたしは、あんたにひどいことを言ったわ……」
 フェリックスは困ったように、首を傾げた。
「――俺が悪魔ごと人を殺していることは、事実だ。人殺しってのは……間違いじゃ、ないんだ」
 その言葉だけで、自分がどれだけ彼を傷つけてしまったかを悟る。
 ずっと気にしていたことを、ルースは無神経にも言葉という剣で突いたのだ。
「キャスリーンを殺したのも、俺だよ。ルース」
 フェリックスは自ら、告白した。
「悪魔に憑かれた人間は、中期や末期になれば聖水や祈祷で対処できない。それ以上の被害を防ぎ、魂を救うには……人間ごと殺さなくてはいけないんだ。まだ疑うなら、悪魔祓い協会に聞いても良いし、神父に聞いても良い」
「いいえ……信じるわ。あんたは、本当のこと言ってるはずよ。だって、あの兄さんの手紙が――罠だったんだし」
 ルースがやわらかく微笑むと、フェリックスはホッとした表情になって――すぐに眉を寄せた。
「その手紙ってやつ、見せてくれないか? ……いや、待て。先に手当てと野宿の支度をしよう」
 フェリックスはルースの傷口を水で洗った後に、包帯を巻いた。
 水が染みたときは相当痛かったが、歯を食いしばって声をあげないようにこらえる。
 フェリックスはルースがうつらうつらする間に火を起こし、ルースを毛布で包んでくれた。
「……さて。ひと心地ついたな。飲んで」
 温めたお湯を渡され、ルースは少しずつ飲んだ。
 少し気分がましになって、ポケットからあの手紙を取り出してフェリックスに渡した。
 ざっと手紙を読み、フェリックスは首を振った。
「筆跡は、間違いないよな?」
「ええ。全部、兄さんの筆跡よ」
「でも、後半は文体が違う気がするな。別人が似せて書いた可能性もある」
「嘘……」
「おそらく、だけどな。兄さんは、いくら俺が嫌いだからっていっても、善人だ。大体、妹を陥れるようなこと書かないだろ」
「それも……そうね」
 驚きのあまり、ルースはカップを取り落としそうになってしまった。
「あたしは、まんまと引っかかったのね――。でも一体、何のために?」
「わからないが――この文章からして、俺が悪魔祓いであることを知っていて、俺がキャスリーンを殺したことも知っている誰かが、罠をしかけたんだ」
「何、それ……」
 ルースは恐ろしくなって、身を震わせた。
「とにかく、今日はもう寝よう。砂漠の奥深くに来ちまったから、抜け出すのは楽じゃないぞ。ゆっくり休んで、明日はできるだけ距離を稼がないと」
「……ごめんなさい」
 謝ると、フェリックスは少し困ったように微笑んだ。
「いいさ」
 ルースはそのまま寝入りそうになったが、フェリックスが横たわる様子がないのを見て目を開いた。
「あんたは、休まないの?」
「見張りをする。俺は一日ぐらい寝なくてもどうってことないから、気にしなくていい」
「そう……ごめんね」
 ルースはそのまま、うとうとし始めた。

 ハッと目を覚ますと、まだ夜中だった。フェリックスは、焚き火に木切れを投げいれつつ、片膝を立てて座っていた。
「フェリックス」
 呼ぶと、彼は眠そうな目をこすって振り向いた。
「どうした?」
「その――もう、夜明けかしら?」
 特に用事があって呼んだわけでもないので、わかりきったことを質問してしまった。
「まだまだだよ」
「そう……。おやすみ」
 ルースはまた眠りに戻ろうとしたが、寒気を覚えてなかなか寝つけなかった。
「どうかしたのか?」
 気づけば、フェリックスが近くにいた。
「寒いのよ」
「砂漠だからな――夜は冷えるんだ。抱きしめてやろうか?」
 冗談で言ったのかと思ったが、フェリックスは別に笑ってはいなかった。
「そ、それは……」
「嫌なら良いけど」
「いいいい、嫌じゃないけど……」
 ルースが赤くなってそっぽを向くと、フェリックスは毛布ごとルースを抱き締めた。その上に毛布をかぶせてくれたので、さっきよりずっと温かくなった。
 変に心臓がどきどきするのは気のせいに……違いない。
 ルースはわざとフェリックスから目を逸らして、空を仰いだ。
「――綺麗ね」
 満天の星が広がっていた。月のない夜だから、くっきりと星の光が輝いている。
「そうだな」
 フェリックスも、空に見とれているようだった。
 このまま昏い星空に、吸い込まれてしまいそうだった。
 自分という存在が小さくなった気がして、心細くなる。
 それと同時に、様々な悩み事が胸にきざす。
「……これから、どうなるのかしらね……」
 ジョナサンのこと、オーウェンのこと……。そして未だに整理がつかず考えられてもいない、キャスリーンの死に関すること……。
「なるようになるさ」
 慰めの言葉を口にして、フェリックスは腕に力を込めた。
 伝わってくる温度が、ルースの心を解してくれた。
「ねえ、ひとつだけ聞いておきたいの」
「何だ?」
「姉さんをあんたが殺したってことは……姉さんは、悪魔に取り憑かれていたのよね?」
「そうだ」
 思い出してみると、あの変化は異常ですらあった。変化に悪魔が絡んでいたと知っても、驚くよりも納得してしまった。
「あたしが記憶を失くしたのは、あたしが望んだからだってトゥルーさんは言ったわ。あたしは姉さんの死が辛かったから、忘れさせてと言ったの?」
「――少し、当たってるかな。でも、それ以上は追求しないでくれ。言っただろう、ルース。俺はルースと約束したから言わないって」
「……わかったわ」
 自分で自分が不思議だった。
もちろん、キャスリーンが悪魔に取り憑かれて悪魔祓いに殺されたことを聞き、哀しみで胸が張り裂けそうだ。当時の自分も、ひどく嘆き哀しんだだろう。
(それでも――あたしは記憶を失くすことを選ぶのかしら)
 むしろ覚えていなければいけないと、今の自分は思う。
 だけど、真相は突き止めようがなかった。唯一理由を知っているフェリックスは発言を拒否しているし、ルースには記憶がない。
「ルース。考えるのは後にして、しっかり休むんだ。今は、砂漠を抜けることだけを考えなきゃ」
 フェリックスの真剣な声にルースは小さく頷き、目を閉じた。
 先ほどまで見ていた星空が焼きついたように、まぶたの裏できらきらと輝いていた。
 今度はなかなか寝つけなくて、目を閉じたまま歌詞の続きを考えた。

The End of “Part 2. Where you are”

Phrase2 Where You Are


I don't know where you are
あなたがどこにいるかわからないわ
Baby, you need not cry alone
愛しい人 一人で泣かないでね
I will send a song wherever you are
あなたがどこにいようと、歌を送るから
Can your heart be warmed by the tone?
少しは温かになるかしら?


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