ニライカナイの童達

第二部

第十四話 古都 3



 翌日は、キョウトを観光して回った。有名な寺社仏閣を巡ったり、古い街並みを歩いたりした。
 キョウトの大和らしい町並みは、どこか懐かしかった。
(琉球の昔の町並みとは、やっぱり違うけど)
 途中で入った和風カフェでククルは抹茶パフェを頼んだのだが、ククルの顔三つ分の高さがあって三人は仰天した。
「ど、道理でなんか値段高いなって思ったら……!」
「まあまあ、ククルちゃん。頑張って食べて。僕も夜も甘党じゃないから、手伝えないよ」
 弓削に励まされ、ククルは必死で抹茶パフェを食べていく。食べているそばから抹茶アイスが溶けるものだから、ククルは喋りもせずに必死にパフェを攻略する羽目になった。
「そういえば、弓削。お前の母親、ククルのことあんまり聞かないな」
 焦るククルを尻目に、ユルはホットコーヒーを飲みつつ、弓削に尋ねていた。
「そうだね。母も気づいているのかも。僕が見合い話を断るために連れてきた子、ってのは。ちょっとククルちゃんじゃ、幼すぎたかな」
(弓削さん、それってどういう意味!)
 詰問したいが、できないククルであった。
 
 夕方になって弓削の家に戻る。今日の夕食も豪華な和食で、ククルはすぐに満腹になった。昼に食べたパフェが尾を引いているらしい。しかし残すのは失礼だと思い、なんとか完食した。
 食後、部屋に戻ってひと心地つく。
 お風呂は、準備ができたら呼びにきてくれると弓削が言っていたので、しばし食後休憩……ということで、ククルは風呂の用意と荷物の整理をしたあと、座布団の上に座って足を伸ばした。
(明日、トウキョウに帰るんだ。なんだかんだ、あっという間だったなあ)
 修学旅行で行けなかったキョウトを観光できて、ククルは満足していた。あとはミッチーランドにさえ行けたら、思い残すことはないのだが……。
(ユルの休みが、全然ないもんなあ)
 学業に仕事にサークル活動に……と、ユルはやたら多忙なのだ。
(祥子さんは、甘えてみたらって言うけど……)
 言い出すのには、勇気がいる。
(かといって、私……トウキョウに友達いないしっ)
 唯一の友人である薫は琉球。エルザや伽耶は……友達とは言えまい。
(そうだ。弓削さんに、頼んで連れていってもらおうかな)
 図々しいだろうか。だめ元で、明日頼んでみようと決めたとき、ふと鏡台が目に入った。
 鏡の前の低い椅子に座って、首をひねってみる。
『ちょっとククルちゃんじゃ幼すぎたかな』と言われたことが、気になっていた。
「ククルちゃーん。入ってもいい?」
 いきなり弓削の声がしたので、ククルは「どうぞ!」と応じた。
「失礼します。ん? 肌のお手入れ中だった?」
「いえ……あの、弓削さん。私って、そんなに幼く見えますか?」
 ククルの問いに、弓削は目を丸くしていた。
「ああ……カフェで、僕が言ったことか。そうだね。でも、別に悪い意味じゃないよ。結婚前提の相手にしては幼く見えたかもしれない、って意味だから」
「うーん……。どうやったら、おとなっぽくなるんでしょう」
 ククルが鏡に向き直ると、弓削がその後ろに座った。
「そうだなあ……。髪型が少し、幼げかもしれないね」
「髪型?」
「ふたつくくりしてるのって、高校生以下の子が多いからね。下ろしてみたら?」
 弓削は止める間もなくククルの髪ゴムを外し、鏡台の上に置いてあった櫛でククルの髪をとかした。
「きれいな茶髪だよね。これって、染めてないよね?」
「はい、地毛ですよ」 
 トゥチのような濡れ羽色の黒髪に憧れたこともあったが、今となってはククルはこの髪の色を気に入っていた。ティンの髪と同じ色だからだ。
「更に前髪に分け目を作って、こうしてピンで留めてみたら……どうかな?」
 鏡台の引き出しにあったピンでククルの前髪を留めて、弓削は微笑む。
「うわあ。本当だ。いつもの自分じゃないみたい。女子大生ぐらいに見えます?」
「見える見える」
「わーい。今度から、この髪型にしようかな」
「いいんじゃない? ククルちゃん、おとなっぽくなりたかったの? 今日の僕の発言は別として」
「……そうなのかも」
 ふと浮かんだのは、エルザの顔だった。
 西洋人だから琉球人と違っていて当たり前だとわかっていても、エルザは本当に同じ年なのかと思うぐらいおとなびていた。
 ついでに手足はすらりと長いのに、胸はばーんと大きく……。
(どうして、エルザさんを意識するんだろう?)
 そう考えたとき、ぱんっと襖が開いた。
「…………何やってんだよ、弓削」
 ユルが厳しい声を出して、入ってきた。
「お風呂の準備ができたよ、って呼びにきただけだよ。君こそ、女の子の部屋に何の声もかけずに入ってくるとは、感心しないね」
「うるせえな。お前の話し声が聞こえたから、勝手に入ってきたんだよ。……呼びにきただけなら、なんで鏡に向かってるんだ?」
 ユルの問いに、弓削は苦笑していた。
「ククルちゃんが、おとなっぽくなりたいって言うから、髪型のアドバイスをしていただけだよ。どう? 夜。かわいいでしょ」
「…………」
 ユルは答えなかった。
(似合ってないのかな?)
 ククルは、途端に不安になる。
「わ、私……お風呂に行きます」
 沈黙が辛くてそう呟き、既に用意していたパジャマの入ったビニール製の袋を手に取り、立ち上がる。
 開いたままの襖から廊下に出て、早足になる。
「アホやなあ、夜。ああいうときは、すぐにかーいらしなあ……って言ってあげな。かわいそうやろ」
「うるせえな。なんで急にキョウト弁になるんだよ」
「あ、実家にいるとついつい。……とにかく、君はもう少し気を遣ったら?」
 後ろから弓削とユルの会話が聞こえてきたが、聞こえないふりをしてククルは風呂に急いだ。
(なんで、ユルに褒められないだけで、少し苦しいんだろう)
 ユルが女子の容姿を褒めない性格だということは、嫌になるほど知っているのに。

 翌日、三人は昼前に新幹線に乗り込んだ。
 往路と同様、駅弁を買っておいた。
 新幹線が走り出し、キョウトの町が遠のいていく。
 しばらくしてククルの隣、通路側に座っていたユルが寝息を立てて眠り始めた。
 ククルの正面に座る弓削は、見るともなしに窓の外を見ている。
 彼は当然だが、ティンには似ていない。
(また兄様のこと考えちゃってる。八重山に帰るまでは、忘れておかないと)
 ククルにとって、ティンの存在は大きすぎて。残滓があるだけで、すがりつきそうになってしまう。
「ククルちゃん、楽しかった?」
 突如、こちらを向いた弓削に問われてハッとし、ククルは「はいっ!」と勢いよく返事をした。ユルが眠っていることを思い出して口を両手で覆ったが、幸いユルは起きずに眠り続けていた。
「ずっと行きたいと思ってたので、嬉しかったです。ありがとうございました」
 声をひそめて頭を下げると、弓削は苦笑していた。
「いやいや、こっちが無理言って頼んだ話だからね」
「キョウト、素敵な町でしたね」
「観光客には優しい町だよね」
「観光客には……?」
「いけずの町、とも言われるからねえ。ま、住むのでもない限りは気にしなくていいよ。戦争でも焼けなかった、古い町だからね。三代住まないと住人と見なさない、とかいう噂もあるよ」
 弓削も声の音量を落としていたが、ユルのことを気にしてというよりは周りの乗客に聞こえないようにしているかのようだった。
「へええ。でも、弓削さんのおうちはずっと、キョウトにあるんでしょう? そんな目には遭ったことないんじゃ?」
「そりゃ、僕はないよ。でも、トウキョウに出てくるとキョウトって閉鎖的なところもあったなあ……って思うんだよね。ククルちゃんのところは? 神の島なんて、村社会の極みじゃない?」
「はあ……。閉鎖的……なのかも」
 ククルからしたら、現代は昔に比べたらどこも開放的に見えた。
 そう考えたことが伝わったのだろう。弓削が「昔は、もっとだろうね」と呟いた。
「そういえば、弓削さんは……いつかはキョウトに帰るんですよね?」
「まあね。跡継ぎだから。今の退魔事務所での仕事は、勉強に近いな。今度は、個人でああした仕事を請けるわけだから」
「なるほど。弓削さんが帰ったら、ユルとのペアは解消になるんですね。残念です」
「はは。夜の攻撃の力は凄まじいから、僕以外のひととも上手くやれるさ」
「…………そうでしょうか」
 ククルは、ユルの寝顔を見やる。
 なんとなく、ユルと弓削は相性がいいように思えた。すごく仲良し、というわけでもないが。
「あっ、そうだ。弓削さん。ミッチーランドに行ったことあります?」
「ミッチーランド? 何回か、あるけど」
 照れくさそうなところを見るに、デートで行ったんだな……と鈍いククルにもわかった。
「私、トウキョウに来てからまだ行ってないんです。ユルが忙しそうで、頼むに頼めなくて……」
「うーん。連休はこれで終わりだしね。でもミッチーランドなら、君たちの住まいからそこまで遠くないし、一日空けてもらえば行けるんじゃない?」
「でも、ユルってば勉強にサークルに仕事にって忙しくて……。休日潰すのも申し訳なくて」
「なるほど。それなら、僕が連れていってあげようか?」
 弓削の提案に、ククルは飛びつきかけたが……
「……と言いたいところだけど、そうすると夜が怒ると思うよ?」
 弓削は、おかしそうに笑っていた。
「怒るかなあ……」
「怒るよ。男心がわからないね、ククルちゃん。僕は空いている日なら、いつでも君を連れていってあげたいところなんだけど……。君のやかましい保護者に怒られるのは、本意じゃないんだよね。いいから、夜に一度話してみなよ」
「はい……」
 ククルが頷いたところで、弓削は駅弁を取り出した。
「お腹空いたから、食べようか。夜は寝かしておこう」
「はい」
 ククルも弓削にならって、テーブルを出してその上に駅弁を置いた。
 ユルは深く眠っていて、しばらく起きそうになかった。
 
 弓削とはトウキョウ駅で別れ、ククルとユルは電車に乗り換えた。
 電車内はほどほどに混んでいたが、少し空席があった。横長の座席の真ん中に座っていた優しそうな中年女性が、にこっと笑って詰めてくれたので、ふたりは並んで座ることができた。
「疲れたねー。でも楽しかった、キョウト! 修学旅行で行けなくて悔しかったから、本当に嬉しかった」
 ククルがつらつら話しかけると、ユルは軽く頷いていた。
(修学旅行で行けなかった……といえば)
 ユルの横顔を見てから、ぎゅっと握った拳を見下ろす。
 今なら、言える気がした。
「わ、私……ミッチーランドにも行きたい……な」
 緊張して返答を待つと、ユルがこちらに顔を向けていた。
「そういや、行ってなかったな。本当は去年行ってるはずだったのに」
 去年は行く日も決めていたのに、魔物退治でユルが倒れてしまったので、急遽、琉球に帰ることになったのだ。
「行きたいのか?」
「いいいい、行きたいっ!」
「……お前の予備校が休みで、オレも空いてる日……となると、次の日曜日か?」
「…………」
「おい。何で固まってるんだよ」
 嬉しさのあまり、返事をするのも忘れていた。ハッとして、ククルは咳払いをする。
「うん! 日曜日、行こう! やったー! ミッチーランドだあ!」
 思わず万歳してしまい、車内の視線を集めてしまったククルであった。