Chapter 5. A Little Break
束の間の休息
かくして、フェリックスはすぐに町の病院に入院となった。
といっても弾丸は貫通していたので手術も必要なく、丁寧な処置をされて窓際のベッドに横たわる。
六人部屋の病室だったが、他に患者はいなかった。
窓を開けて、風に吹かれる。太陽は高い。まだ一日も経っていないのかと思うと、不思議な気分だった。
ぎい、と扉の開く音で入り口に顔を向ける。
ちょうど、ルースとジェーンが入ってきたところだった。
「フェリックス!」
ルースは半泣きで、フェリックスに飛びついた。
「こらこら、お嬢ちゃん。フェリックスは怪我人よ」
「あっ、そうだったわ! あたしってば、何を!」
頬を赤くして、ルースは飛び退いた。あまりの素早さに、フェリックスは笑ってしまう。
(そういえば、告白みたいなことされたな……)
もう一度考えて、とまで言われた。
(まあ、ここにはジェーンもいるし。今は事情を話す方が先だろう)
そう判断して、フェリックスは何も言わないでおいた。答えなど、初めから決まっているのだけれど。
「フィービーも、もうすぐ来るわ。事情聴取にね」
「はいはい。なら、もう少し待つか」
フェリックスは頷いたが、ルースもジェーンもそわそわしているようだった。二人とも、何があったか聞きたくてたまらないのだろう。
「二人とも、座ったらどうだ? 壁際に椅子があるだろ」
「あら、本当」
ジェーンは壁際に重ねられていた椅子を三脚、フェリックスのベッド近くに並べた。
「ジェーンさん、ありがとうございます」
礼儀正しく礼を言ってからルースは椅子に座り、ジェーンもにっこり笑って腰を下ろす。
すると、ばんっ、という音を立ててフィービーが現れた。
「あんた、もうちょっと静かに入ってきたら? 一応、ここは病院よ」
「いちいちうるさいな」
ジェーンが注意すると、フィービーは舌打ちしてさっさと椅子に座った。
「それで、フェリックス・E・シュトーゲル。屋敷内で、何があった? あと、エウ……エウスタシオの行方を教えろ」
「まず、言っておく。エウスタシオの行方は、俺にもわからない」
フェリックスの答えに、フィービーは目を見開く。
牢屋越しに話したとき、エウスタシオはフェリックスにこう頼んだのだ。『フィービー様には、行方を秘密にしてほしい』と。
「そもそも、なんで坊やの行方をフェリックスが知ってることになるわけ?」
ジェーンはひとり不思議そうに、首を傾げていた。
「ああ、そういえばジェーンは知らなかったな。エウスタシオは、二重スパイだったんだ」
フェリックスは簡単に、エウスタシオの背景について語った。
「何ですって!? じゃあ、私の推理は割と当たっていたわけね」
「まあな。エウスタシオは、俺たちに牢屋の鍵を用意し、銃も返してくれた。簡単な地図も、もらった。そしてエウスタシオは、屋敷を出たんだ。これだけ協力すれば、クルーエル・キッドにばれるに決まっているからな」
「……なるほどね。顔を知りながら知らない振りをしていたのは、ちょっと納得いかないけど」
ジェーンはため息をついて、頬杖をついていた。
「仕方ない。エウスタシオは、キッドの仲間だったんだ。ブラッディ・レズリーには入らず、刑務所に入ったが……。シエテの首領を葬る協力をしてくれたというだけで、恩義を感じていたんだろう。ブラッディ・レズリーを追う保安官補になって、胸中は複雑だったはずだ。まあ、かなり早い段階でキッドが接触してきたのは間違いない」
「それで、フィービーを人質に取った……と」
ジェーンはちらっとフィービーを見たが、彼女は無表情で腕を組んでいた。
「坊やの事情はわかったけど、無罪とはいかないわね。彼の流した情報のおかげで、ブラッディ・レズリーはかなり得をしたでしょう。保安官や保安官補は、連邦と星のバッジに忠誠を誓うのに……それを裏切っていたことになる」
「それはそうだ。だから、エウスタシオは帰らなかったんだ」
フェリックスが静かに呟いても、フィービーは何も言わなかった。
「……エウスタシオの話は、このぐらいでいいだろう。フィービー、お前も追ってやるな」
「それは私が判断することだ。……まあいい。先に、話せ」
「ああ……」
そうして、フェリックスは順を追って話した。ルースがいたところまでは、ルースから聞いているというので省き、フェリックスが牢屋を出てからの話となった。
「正直、信じがたいが……ベルフェゴールという悪魔が、お前に協力したおかげで、ああなったんだな。私たちは小娘から話を聞いて、仲間を引き連れてまた屋敷に行ったんだ。奇跡としか言いようのないタイミングだったな」
「まあね。ちなみに、あの部屋については途中で捕まえたヴラドを締め上げて、聞き出したわ」
フィービーに、ジェーンがにっこり笑って補足する。ジェーンのことだ。容赦なく、締め上げたのだろう。
「ヴラドか……あいつに、話を聞かないといけない」
「今日は無理よ。そうよね、フィービー」
「ああ。せめて明日だな。ここに連れてきてやろう。その前に、だ。ブラッディ・レズリーは、たった四人しかいなかったというのか?」
フィービーは、きつい目でフェリックスを睨みつけた。
「ああ。クルーエル・キッドことビヴァリー、ロビン、ヴラド、そしてルビィ。あとエウスタシオを入れるなら、五人だが。幹部は、この五人だ。それ以外は、雇われか始末される運命だ。特に最近は、使う人員を減らしていたようだな」
「それは、なぜだ?」
「……おそらく、ビヴァリーの目的は一つだった。悪魔を利用して、連邦を支配すること。そのために、資金が要ったんだろう。様々な悪事は、資金調達のためだったんだ。くわえて、キッドは情報が漏れるのを懸念して処分していったんだろう。以前、ジャンク兄弟というブラッディ・レズリーから抜けた兄弟が、ブラッディ・レズリーのスナイパーに殺された。あれがきっかけになっていったのかもな」
「ふん。末端がどうも少ないと思ったら、ただでさえ少ない人員を削っていったというのか」
「そうだ。資金調達が、一区切りついたせいもあるんだろう。ちなみに、人員削減の件はエウスタシオからの情報だ」
その名に、フィービーの眉が上がった。
「だから、残党を狩る必要はない。ブラッディ・レズリーは、文字通り瓦解したんだ」
フェリックスが言い切ると、全員が真面目な表情になった。
「ルビィは、どうなったんだ?」
「証人保護だからな。機密情報を明かすことはできない。……だが、心はともかく健康だとは言っておこう。……さて。お前から聞けることは、このぐらいか。また明日、ヴラドを連れてくる」
ふとフェリックスが問いかけると、フィービーは話しながら、せわしなく立ち上がった。
「あら、もう行っちゃうの? フィービー」
「私はお前らと違って、忙しい。……保安官補も、今はいないしな。じゃあな」
フィービーがさっさと出ていってしまうと、ジェーンは呆れたように肩をすくめた。
「さすがのフィービーも、応えているみたいね。ま、事情はあれど坊やが裏切っていたなんて……信じたくないわよね。さあて、私もそろそろ行こうかしら。今、昼間っから賞金稼ぎ連中は宴会してるのよ。全く、緊張感がないったら」
「へえ。もちろん、ジェーンの奢りだよな? 大物賞金首を三人も、捕まえたんだから」
「残念ながら、私の手柄はキッドだけ。ヴラドを押さえたのは保安官だったから。……あと、ロビンの賞金は他の連中で山分けするようにと言ったわ。真実を知ってるから、どうも抵抗があるし。何の取り分もないんじゃ、あれだけ協力してくれた賞金稼ぎたちが気の毒でしょう?」
ジェーンは笑って、席を立った。
彼女のこういうところが、荒くれ者ばかりの賞金稼ぎに慕われる所以なのだろうと思い、フェリックスは微笑む。
「そういうわけで、私も宴会に顔出さなくちゃね。一応、先導役だったし。昨日、亡くなった人たちへの追悼もしないと」
「そうだな。俺の分まで、頼む」
「任せて。さっ、お嬢ちゃんも行きましょうか。宴会に出るのが嫌なら、宿で休んでおけばいいわ」
いきなりジェーンに話を振られて、ルースは驚き目を丸くしていた。
「あ、あたしは……もう少し、ううん、夜までここに……」
「ルース。ジェーンと、帰っておけ。この町は、そんなに治安が良くない。俺は送ってやれないんだから」
優しい声音ながらハッキリと告げると、ルースはうつむいた。
「あらー? まあ、わかるわよ。負傷した彼の傍にいたい、ってのはね。でも、フェリックスの言う通りなの。保安官の数もギリギリで、送迎を頼むわけにもいかないからね。今、私と一緒に行きましょう」
ジェーンにまでそう言われては、断れなかったのだろう。ルースは頷いて腰を上げた。
二人は連れたって、病室を出ていく。
「また明日ね、フェリックス。おとなしくしときなさいよ!」
「……またね」
ジェーンはかしましい、ルースはおとなしい挨拶をして、去っていった。
二人に手を振り、扉が閉められたと同時に手を下ろす。
ルースは、何かを言いたそうだった。いずれ、「返事を」と請われるのだろう。
「参ったな……」
好意が迷惑なわけではない。ただ、自分にそれを受け取る価値がないだけで。
(ルースは、どうして俺を嫌いにならなかったんだろう)
フェリックスは目的をもって、ルースに近づいただけなのに。それがわかって、ショックを受けなかったはずがないのに。
最後に、ひどく泣かせてしまうかもしれない。
それが苦くて、辛かった。
他に患者がいない広い病室は、どこか寒々としている。
ジェーンは個室を希望してくれたのだが、空いていなかったのだ。六人部屋が丸々空いていると聞き、ジェーンはそこをためらいなく選んだ。
貸し切りだともちろん、費用は跳ね上がる。だが、今のジェーンにははした金だろう。
もっとも、ああいう情報のやり取りをしないといけないので、他の患者がいないところに……というのはフィービーの希望でもあっただろうから、もしかすると保安官側が払ってくれるのかもしれない。
「……ま、いいや」
フェリックスはため息をついて、寝転んだ。
右手と、左足が疼く。足よりも、右手が使えないことの方が辛く感じた。
どれだけ銃に頼っていたんだろう、と考えて目を閉じる。
そして、フェリックスはがばっと身を起こした。
懐から、木製の小箱を取り出す。
ここなら、大丈夫だろう。あの屋敷からも遠く、他に誰もいないのだし。
フェリックスは服の中に仕舞っていた十字架のペンダントを出して、右手を当てた。
そうして、布団をかぶった足の上に置いた小箱を、開いた。
澄み切った、真白い光の珠が、ゆっくりと小箱から昇ってくる。
「牧師様……。ごめんなさい。やっと……」
言いたいことが、たくさんあったはずなのに。言葉にならなかった。
シュトーゲル牧師の魂は、フェリックスを慰撫するように近くを漂ってから、すうっと窓の外に行ってしまった。
フェリックスはそれを見送り、十字架を握り締めて祈った。
泣かなかったけれど、心の中のエヴァンは大泣きしていた。