6. The Bitter Reality

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 その夜、突然の来客があった。
「フェリックス・E・シュトーゲルに会わせてくれ」
 応対に出た夫人は、赤毛の少年を見て眉をひそめた。
「あ、ウィリア……」
 そこまで言ったところで、ジョナサンが口をつぐむ。気になって、後ろから付いてきたらしい。
「……ジョナサン。もう知らないふりしなくていいぞ」
「ほ、本当?」
「ああ。……お前、元気になったのか。よかったな」
 ウィリアムに笑いかけられ、ジョナサンは笑みを返した。
「フェリックスに用なの? 待っててね、呼んでくる」



 ジョナサンに呼ばれて玄関に出てきたフェリックスは、待っていた赤毛の少年を見て首を傾げた。
「俺に用って、何だ?」
「……」
 そこでフェリックスが、彼――いや彼女が少年ではなく少女であることに気づく。少年の出で立ちだが、服では誤魔化せないほど少女らしい体形だった。
「ちょっと待て。外で話そう」
 フェリックスは彼女から不穏なものを感じて、彼女を促して外に連れていった。
(密室は危険だから、外しかないか。誰かに話を聞かれそうで怖いが……)
 家屋から大分距離を取ったところでフェリックスは足を止め、柵にもたれかかった。
 いざというとき、すぐに銃を抜けるように緊張感を抜かずに。
「それで、俺に用とは?」
「……あたしは、ルビィ。ブラッディ・レズリーのスナイパーだ」
 さすがのフェリックスも驚き、咄嗟に二の句が告げられなかった。



「……何をしに来た」
 たっぷりと間を開けてから、フェリックスはそれだけ呟く。
「あんたには、アーサーは手を出せないだろう? あたしを、アーサーから庇ってほしいんだ」
「アーサー?」
 首を傾げるフェリックスに、ルビィはため息をついた。
「ああ、これはコードネームか。アーサーの本名、何だったかな。でも……知ってるだろ。あんたに似てるし」
「ビヴァリーか……」
「ああ、そんな名前だった」
「ブラッディ・レズリーから、どうして抜けたんだ?」
「……あたしは、スナイパーだ。数えきれないターゲットを殺してきたさ。でも、嫌気がさしたんだ。久しぶりに、ロビンやアーサー以外と話した……あの子を、殺せなかったんだ」
 ルビィは零れてきた涙を、腕で拭った。
「捨て子同然だったあたしを保護してくれたアーサーには、感謝してる。裏切るなんて、考えたことなかった。でも……もう、嫌なんだ!」
 フェリックスは、ため息をついて前髪をかきあげた。
「はっきり言うが、俺だけじゃお前を庇えないだろう。連邦保安官に頼んで、証人保護してもらうぐらいしか道がない」
「で、でも」
「ビヴァリーは、裏切り者を絶対に許さないさ。俺が近くにいても、一緒だ」
「……」
 困り果てたような少女を見て、フェリックスは同情を覚えた。
 幼い頃から、仕込まれてしまったのだろう。ほぼ洗脳状態だったのかもしれない。
「保安官に引き渡すまでは、守ってやる。だが、あまり期待するな」
「……わかった。別に、いいんだ。死ぬことは覚悟してたから。ただ、少しでも希望があるなら――と思って、ここに来た」
「追手は?」
「行先は攪乱してきたから、まだ大丈夫だと思う」
「そうか。……今夜は、ここに泊まるといい。でも、追手が来たらすぐに家屋から出て離れてくれ。ウィンドワード一家を巻き込みたくない」
「わかってる」
 ルビィは、殊勝に頷いた。
「あと、俺がビヴァリーの弟だとは言うな」
「どうして?」
「色々事情があるんだ。お前がブラッディ・レズリーであることは、ジェーンにだけ言う」
 それだけ答えて、フェリックスは少女の手を引いた。
「……お前、まさか俺かルースを狙ってきたなんてことはないよな?」
 フェリックスに見下ろされ、ルビィは思わず震えた。
 その表情と顔立ちが、アーサーそっくりに見えたからだ。
「違う――。一応ライフルは持っているが、取り上げてくれ。身体検査してもいいし、縛りつけてもいい」
「わかった。ライフルを」
 フェリックスはルビィからライフルを受け取り、歩みを再開した。



 フェリックスはジェーンを呼び出し、ルビィを交えて三人で話すことにした。
「ブラッディ・レズリーのスナイパーですって!?」
 ジェーンの強い視線を受けて、ルビィはうつむく。
「どうして、抜ける気になったの?」
「……あたしは、逃げる途中でジョナサンと話したんだ。そのとき――自分が長い間、仲間以外と話してないことに気づいた。そして、彼を殺さなければならないのに、殺せなかった。どうしても……」
 涙混じりに語るルビィを見下ろすジェーンの目は、あくまで冷ややかだった。
「感動的だこと。……で? どうしてここに来たのよ」
「……それは」
 ルビィは言葉を詰まらせ、フェリックスを見た。
「ジョナサンがいたから、だとさ」
 だが、フェリックスのフォローはジェーンに一蹴された。
「嘘ね。あんた、何を隠しているの?」
 ジェーンに胸倉をつかまれて、フェリックスは顔をしかめた。
「正直に言いなさい。言えない理由でもあるの?」
「ジェーンに殺されてしまいそうでさ……」
「はあ!? 私を怒らせる理由なの? ……フェリックス。あんたと私は古い知己。師匠も同じ。そういうよしみで、怒り狂っても殺さないでいてあげるわ。だから、言いなさい」
 これ以上の問答をしても無理だと悟り、フェリックスは口を開こうとした。しかしその前に、ルビィが告げた。
「ブラッディ・レズリーの一員アーサーは、そいつの兄なんだ」
 そこで、ジェーンの形相が変わった。
「なん、ですって!?」
「……すまない、ジェーン。言えない理由があった」
「ふざけんじゃないわよ! あんた、団員の顔を知っていながら誰にも言ってなかったっていうの!? 重罪よ!」
 ジェーンはフェリックスの頬を平手で思い切り叩いた。
 頬を押さえ、フェリックスはため息をついた。
「なあ、ジェーン。お前も気づいているんじゃないのか。ブラッディ・レズリーが、悪魔絡みの事件を起こしすぎていること」
「……何が言いたいの」
「ブラッディ・レズリーは、悪魔を使ってるんだよ」
 そこで、ジェーンはあんぐり口を開けた。
「普通の保安官や賞金稼ぎじゃ、奴らには対抗できないんだ。悪魔祓いじゃないと」
「保安官や賞金稼ぎに事情を説明すればいい話じゃないの?」
「信じると思うのか?」
「……いえ」
 ジェーンは少し考えてから、首を振った。
「そう。協力も無理だ。保安官や賞金稼ぎに、甚大な被害が出る。だから、情報を伏せるように言われていたんだよ」
「誰に?」
「――悪魔祓い協会だ」
 フェリックスの言葉に、ジェーンは眉をひそめた。
「あんた、どこにも入ってないって言ったじゃない」
「入ってないさ。悪魔祓い協会には、二つの派閥がある。カトリックとプロテスタントだ。俺は家がカトリックだったからカトリック信徒だが、プロテスタントの養父の下で育った。そういう理由で、俺は……どっちにも属してない。だが、ブラッディ・レズリーの事件が悪魔絡みなことは悪魔祓いにはすぐわかった。だから俺は、両方に相談したのさ」
「あんたは兄が団員だと、いつ知ったの?」
「とある町で、偶然出会った。フィービーがこだわってる事件だよ。あいつは逃げている途中だった」
「なるほどね。でも、情報を伏せて意味があるの? いくら被害が出るからって……。悪魔祓い協会は、どうするつもりだったの」
「様子を見ろと言われたんだよ。ブラッディ・レズリーが悪魔を使っているとわかっても、全貌は不明なままだった。ある程度は保安官に任せるしかなかったんだ。それに――俺の兄ビヴァリーは、西部有数の実業家だ。俺の証言だけでは、真実に行きつかない恐れがあった。だから、その立場を利用して探れという指令が下っていた」
「……面白くないけど、事情はわかったわ。それで? これからどうするわけ?」
「このルビィを、保安官に託すしかない。証人保護制度で守ってもらうぐらいしか、彼女を保護できないだろう?」
「そうね。この子があんたを頼ってきたのは、ビヴァリーの弟だと知っていたから?」
 ジェーンは首を傾げた。
「うん。それと、アーサー……ビヴァリーは弟だけは絶対に傷つけないようにと、あたしたちに言い聞かせていたから。ブラッディ・レズリーに関連があると思わせもしないようにと」
「――フェリックスの兄は、弟を今も愛しているってことね。というか、アーサーかビヴァリーかややこしいわね。どっちが本名よ」
「あいつのフルネームは、ビヴァリー・アーサー・マクニールだ。ミドルネームを、コードネームに使っているだけだろう」
 フェリックスの答えに、ジェーンは目を丸くしていた。
「……そう。じゃあ、この子の証言も合わせればビヴァリーを逮捕できる?」
「密告だから、確実だな。……だが、悪魔祓い協会は準備ができてないだろうな」
「準備って、何なのよ?」
「協会は、できるだけ悪魔祓いを集めてブラッディ・レズリーを襲撃する予定だったんだ。でも、新大陸の悪魔祓いって少ないんだよ。特に西部は。東部の悪魔祓いをかき集めても足りないだろう、ってことで旧大陸から呼ぶ準備をしていたはずだ」
「悠長ねえ。フェリックス、もうそんなこと言ってられないでしょう。私が説得すれば、賞金稼ぎは言うことを聞くわ。悪魔との戦い方を教えてくれたら、対処もできるでしょ」
「……だと、いいんだがな」
 フェリックスは、大仰にため息をついた。
「この子は、あんたがぎりぎりまで守って、保安官に引き渡すのが確実かしらね。巡業に連れていくの?」
「それしかないだろうな。一か所にとどまっていたら、かえって危険だ。フィービーは、もうすぐ帰ってくるか?」
「フィービー? 連邦保安官なら、他にもいるでしょ。あの女にこだわることないんじゃない?」
「……いや。フィービーが最適だと思う。フィービーは確実に、買収されてないだろうから」
「買収?」
 顔をしかめるジェーンに向かって、フェリックスは頷きかけた。
「ブラッディ・レズリー担当の連邦保安官の中には、確実に買収されている奴がいる。実はさ、ジェーン。俺は一度悪魔祓い協会に相談した後、証言書を提出したんだ。だが、握りつぶされた」
「え!?」
「俺の証言は受け入れられなかったんだよ。内部の人間しかできないことだ」
「でも、フィービーが買収されてないって確証は何なの?」
「フィービーには、後ろ暗いところもないし金持ちだからさ。富に目が眩むような奴でもないだろ?」
「……それもそうね。権力欲とも無縁だわ」
 ジェーンは感心したようだった。
「あと、フィービーが証言を握りつぶした奴なら、俺を執拗に追わないだろ」
「たしかに」
「そういうわけで、フィービーが適任なんだ」
「わかったわ。あんたがこの子を守る間に、私がフィービーを呼んでくればいい?」
「そうだな」
「了解。明日には出発するわ。巡業予定を教えておいて。……でもフェリックス、あんた一人で守り切れる?」
「何とかしてみるさ。ジェーンたちに預けるわけにもいかないだろ」
「そうねえ……。私の仲間はブラッディ・レズリーのスナイパーと聞いたら、目の色変えそうな連中ばっかりだし」
 ジェーンは大きくため息をつき、肩をすくめた。
「フェリックス。私、あんたを許したわけじゃないわよ。これは貸しよ」
「……わかってる。恨まれる覚悟はある」
「馬鹿。私が怒ってるのはね、あんたが思ったより私を信用してなかったことよ。姉弟子だってのに」
 ジェーンは目をつり上げたが、声音はそう荒んではいなかった。
「ともかく、明日から行動開始ね」