4. Cradle Song
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その夜、農場はジョナサンの快癒を祝って宴会が開かれた。
その途中で、フェリックスはルースの腕を引いて居間から抜け出した。
「ふぇ、フェリックス。どうしたの」
「兄さんに事情を聞かないといけないだろ」
「あ、そうだったわね」
少しお酒を飲んでしまったせいでもうろうとしていた意識が、しゃんとする。
「兄さんはさっき、部屋に戻ったみたいだ」
フェリックスはルースの腕を引いたまま、オーウェンの部屋に向かった。
ノックをすると、すぐにオーウェンが顔を出した。
「どうしたんだ?」
「どうしたんだ、じゃないだろ……兄さん。俺たちと離れておいて」
オーウェンは顔をしかめた。
「あのときは悪かった。だが、どうしようもなかったんだ。お前たちとは、はぐれるし……」
「父親には会うし?」
フェリックスの一言で、オーウェンは青ざめた。
「なぜ、それを」
「当たりかよ……」
「と、とにかく中に入れ二人とも」
促され、フェリックスとルースは室内に入った。オーウェンらしい、物の少ない質素な部屋であった。
オーウェンはベッドに座り、フェリックスとルースは椅子に座る。
「どうして、俺が父親と一緒にいたと知っている?」
「トゥルー・アイズっていう、俺の友人が兄さんの行方を辿ってくれたんだよ。そしたら“血縁といる”と、わかった。それで、兄さんは農場に戻ったのかと思った。だが違ったんだ。ジェーンの話を聞く限り、それじゃ辻褄が合わなかった。だから、死んだことになっている兄さんの実の父親が怪しい、って思ったんだよ」
フェリックスの説明を聞いて、オーウェンはうつむいた。
「兄さん! 兄さんのお父さんは生きていたってこと!?」
「……そうみたいだな。他人と思えないぐらい、似てたし。死んだことになってたのは、どうしてだろうな。母親には言うなって言われたから、俺は誰にも言ってない」
ルースが噛みつくように質問すると、オーウェンは覇気のない様子で答えた。
「じゃあ兄さん。この手紙はどういうことだ?」
フェリックスは、懐から取り出した手紙をオーウェンに手渡した。
「……何だ、これ」
オーウェンは手紙に目を通して、青ざめていた。
「俺が聞きたい。兄さんの書いたものじゃないよな? この手紙のせいで、一騒動あったんだよ」
「前半は俺が書いたが、後半は俺じゃない。くそっ、あいつ――なぜこんなことを」
「……兄さんの父親は、厄介なことに関わっているかもしれないな」
フェリックスの小さな呟きを耳に留め、ルースは眉をひそめた。
「なあ、兄さん。父親に何か話されたか? 全部、言ってほしいんだ」
「俺も、にわかに信じがたいんだが……」
オーウェンは、サウザンド・クロスの悪魔は自分の父親が種を売ったせいで生じたと語った。父が属している組織が、実験しているのだと。
「フェリックス……それって、まさか」
「ああ。ブラッディ・レズリーだろうな」
「やっぱり?」
ブラッディ・レズリーの絡む事件は、悪魔が関係していることが多かった。
「ということは、ブラッディ・レズリーは悪魔が見えるのね?」
「だろうな。俺とルースを引き離した理由も見えてくる。ブラッディ・レズリーは、ルースに目を付けたんだ。エンプティだから」
「え……? でも、あたしがエンプティだってこと、外からはわからないんじゃないの?」
「ああ。でも、ブラッディ・レズリーはわかるのかもしれない」
随分と曖昧な言い方だった。
「待て。何の話なんだ」
オーウェンは混乱しているようだった。
「説明はあとで。それより兄さん。エレンさんに、詳しく聞きたい。いいか?」
「……ああ、そうだな。俺が呼びにいこう」
オーウェンは息をつき、立ち上がった。
エレンは話を聞いて、目を丸くしていた。
「あいつが現れたのかい! 死んだと思ってたがね……」
「母さん。死んだと思ったってのは、どうして」
「あいつは一座の中でも浮いてた。しょっちゅういなくなってたんだよ。ある日、いきなり帰ってこなくなったから、どこかでおっちんでいるのかと……。新大陸まで来ていたとは、ね」
エレンは戸惑いがちに続けた。
「何で、そんなろくでなしと結婚したんだよ、母さん」
「仕方ないだろ。あの男は、あたしのいとこだったんだ。一族では、いとこ同士の結婚はよくあることだったんだよ」
エレンは嫌なことを隠すかのように、早口で語った。
「……そうだったのか」
オーウェンは、ショックを受けたようだった。
「彼は、ブラッディ・レズリーに入っている可能性が高い」
「は? 何やってんだい、あの男は!」
フェリックスが告げると、エレンは激昂した。
「でも、やりかねないかもね。あの男はとかく、つかみどころがなかったから……。オーウェン、どこで会ったんだい」
「実は……」
オーウェンが語る傍らで、フェリックスはじっと考え込んでいるようだった。
ルースはその横顔が気になって、仕方がなかった。
しかし急に疲労が襲ってきて、ルースは椅子から落ちそうになってしまった。
「ルース、大丈夫か?」
「……ええ」
「顔色が悪い。お前は部屋で休んでろ」
フェリックスはそう言って、ルースの手をつかんで立たせる。
「ルース、どうしたんだ」
オーウェンも、心配そうに声をかける。
「平気よ。旅の疲れが出たみたい」
そう答えて、ルースはよろよろと歩く。
「部屋まで送っていくよ。……兄さん、エレンさん。少し待っててくれ」
「ああ……」
フェリックスの言葉に応じるオーウェンの声には、戸惑いがにじんでいた。
ルースは部屋に入った瞬間、ベッドに倒れ込んでしまった。
(色々、考えないといけないのに)
ため息をついて、頭を振る。
(でも、ジョナサンが治って本当によかった)
そしてルースは、ジョナサンの様子を思い返す。ジョナサンは、天使が入ったことで体調を崩すなんてことはなかったようだ。
(あたしが、変なのね)
おそらく、ルースの中には何かがいる。天使を入れて体調が悪くなったのは、反発したのだろう。
天使が反発するもの……それは――
(悪魔でしか、有り得ない)
考えると、苦しくなる。
自分の中に、悪魔がいるかもしれない。そしてキャスリーンの死にも関与したかもしれない。
忘れたいと願った過去の自分の心が、わかる気がした。