6. Loss

喪失


 幌馬車の車輪が急に壊れて止まってしまい、ウィンドワード一家とその用心棒は途方に暮れる羽目になった。
「こりゃあ部品が要るなあ。ちょうど町も見えてきたし、修理のためにも、ちと滞在するか」
 アーネストがあくびをしながら提案すると、意外なことにフェリックスが反対した。
「あの町は危険だ。あまり滞在しない方が良い」
「危険って、どういうことだい」
 エレンが眉をひそめる。
「ここは賞金稼ぎの町なんだよ。賞金稼ぎってのは荒っぽい奴が多いから、絡まれる可能性が高い」
 フェリックスの説明に、一家はそれぞれ顔を見合わせた。
「賞金稼ぎの町か……。それなら、俺とお前で部品を買いに行けば良いか」
「いや、ここで立ち往生してるのを誰かに目をつけられないとも限らないから、兄さんはここに留まってた方が安全じゃないか。兄さんと親父さん二人いれば、まず安心だ」
「じゃあ、お前が一人で行くのか」
 オーウェンは渋い顔をした。元々オーウェンはフェリックスを信頼していないので、一人で行かせることに抵抗があるのだろう。
「あたしが付いていくわ。良いでしょう、フェリックス」
 ルースがフェリックスを見上げて確認すると、彼は困ったように首をひねった。
「ルースが? まあ良いけど……あんまり、無茶な真似はしないでくれよ」
「あたしを何だと思ってるのよ。さあ、行くわよ!」
 ルースはフェリックスの手を引っ張り、賞金稼ぎの町に足を踏み入れた。

 “荒っぽい奴が多い”というフェリックスの言葉通り、町ゆく人は皆いかつい男ばかりだった。
 ルースは思わず、きょときょとしてしまう。
(これはあたしたち、絶対に浮いてるわ)
 少女に、優男。むしろ、カモだと思われているかもしれない。実際、妙に視線を感じる。
「ルース、おどおどしないように」
 フェリックスにぴしゃりと言われてムッとしながら、ルースは前を向いた。
「わかったわよ。ね、どこに行くの」
「あの店だ。色んなものが売ってるから、馬車の部品も手に入るだろ」
 フェリックスが指差した先は、小汚い小屋のような店だった。看板にはShopとしか書いていない。フェリックスはアーネストから渡された買うものリストの紙を見ながら、口笛を吹く。
「中は危険だからな。ルースは外で待ってるように」
「え!」
 いくら中が危険だとはいっても、外に一人置いていかれる状況は避けたかった。
「すぐだから、大丈夫だって。怖いなら、これ持ってなさい」
 そしてフェリックスに渡されたのは、銃だった。
 手に握らされた冷たい武器。言葉にならない。
「…………ってことで。ルース、わかった?」
 本当は聞いていなかったが、つい頷いてしまったのでフェリックスは満足そうに微笑んだ。
「撃鉄は起こしてるから」
「なななな」
 何ですって、と言いかけたときにはもう、フェリックスは中に入ってしまっていた。
(信じられないわ)
 ルースはおっかなびっくり、フェリックスに渡された銃をまじまじ見つめた。これはいつも彼が使っている銃ではなく、予備としてホルスターに収まっている方の銃のようだ。
「お嬢ちゃん。そんなに銃が珍しいのか?」
 上から声をかけられ、ふと顔を上げる。柄の悪そうな男二人が、にやにや笑ってルースを見下ろしていた。
(ほら! 早速、絡まれちゃったじゃないの!)
 きっと歩いていたときから、目をつけられていたのだろう。
「何よ。連れが中にいるし、すぐに出てくるわ。あんたらに構ってる暇ないのよ」
 強気に告げると、男たちは笑った。
「あの兄ちゃんか。出てきても、俺たちに勝てそうにない」
「全くだ。むしろ、嬢ちゃんとダブルデートしたいぐらいだ」
 カチンと来たルースは、声を荒らげる。
「残念だけど、少なくともあんたたちよりは強いわよ。尻尾巻いて逃げる羽目になっても、知らないけど?」
「そいつは怖い」
 男の一人がルースの肩に手をかけようとしたとき、風を切る音がして男が悲鳴を上げた。手の甲に、赤い線が走っている。
「止めなさい。みっともない」
 凛とした声の方を見ると、金髪の女性が立っていた。豪奢な金髪と優雅な容姿とは裏腹に、身を包む服は素っ気ない男物だ。
「やべえ、ジェーンだ」
「逃げるぞ!」
 二人は、あっという間に逃げていってしまった。
「大丈夫? あなた」
 ハスキーな声で問われて、ルースはハッとする。優しげな深い青の目に、安堵を覚えた。
「はい。助けてくれて、ありがとうございます……」
「いいえ、どういたしまして」
 女性は艶然と笑い、柱に刺さったナイフを抜いた。
「あなた一人?」
「いえ、連れが中にいるんですけど」
「ああ、中はもっと危険だものね」
 一体、どういう店なのだろうか。
「あら、軽い。この銃は弾丸入ってないのね。ああ、空砲で中にいる仲間に危険を知らせるためってことね」
 彼女は、ひょいっと銃を取って、しげしげと観察してから返してくれた。
(なんだ、そういうこと。フェリックスってば、そう言ってくれれば良いのに)
 フェリックスはルースが銃を使えないことは知っているし、弾丸の入った銃は暴発という危険な現象もある。だから、弾丸の入っていない銃を持たせてくれたのだろう。そういえば、何やらフェリックスの言っていることを聞きそびれたが、そのことを説明してくれていたのかもしれない。
「あなたの連れが出てくるまで、一緒に待っておきましょうか」
「ええ、お願いします」
 ルースは無論、断らなかった。あの男たちの反応を見る限り、この女性は相当強いのだろう。
「私はジェーンよ。ジェーン・A・ジャスト。しがない賞金稼ぎ」
「あたしはルース・C・ウィンドワードです」
 ルースがフルネームを名乗り返すと、ジェーンはうっすら笑った。
「あら、あなたはここに来たばかりなのね」
「……わかるんですか?」
「ええ。私を知らないようだもの」
 ルースがその台詞に驚いたところで、後ろのドアが開いた。
「ルース、お待たせー。いやあ、ふっかけられちゃってさ。――って」
 フェリックスはジェーンを見て、言葉を途中で切った。
「ジェーンじゃないか」
「……もしかして、フェリックス?」
 ジェーンは目を細め、フェリックスにつかつかと近づいた。フェリックスの頬に手を当て、顔を近づける。
(ちょ、ちょっと!)
 まるでキスでもしてしまいそうな姿勢に、傍で見ていたルースはあんぐり口を開けた。
「――久しぶりね、坊や」
 ジェーンは手を放し、花が解けるように笑った。
「ああ。本当に久しぶりだ。俺のこと、わからなかったか?」
「一瞬ね。かなり背が伸びたんじゃない?」
 どうやら、二人は知り合いらしい。
 フェリックスは置いてきぼりのルースに気づいたらしく、ルースの肩を叩いた。
「ジェーン。今、俺はこの子が活躍する旅芸人一座の用心棒やってるんだ。この子は――」
「名前は、さっき聞いたわ。ふうん、そう。ここには、どうして寄ったの?」
「馬車が壊れてさ。部品買うためだけに寄ったんだ。一般人が滞在するのは危険だろ」
「――あら。でも、今日はここに留まった方が良いと思うわよ」
 ジェーンの言葉に、フェリックスは眉をひそめた。
「どうして?」
「話は、お酒を飲みながらでも。いらっしゃい、私の奢りよ」
 そうして二人は、サルーンへと導かれたのだった。

 ジェーンを目にすると、カウンター向こうのマスターが微笑んだ。
「やあ、ジェーン。しばらくだな」
「ええ。――この子たちに、適当なものを」
「お安い御用だ」
 ルースは入った瞬間は身構えていたが、小奇麗なサルーンの内装と柔和な印象のマスターを見て、肩に入った力を緩めた。
 三人がテーブル席に着くとすぐ、ウェイトレスが三つのグラスを運んできた。
「どうぞ、お嬢ちゃん」
 ジェーンが一つのグラスをルースの前に押しやる。中を覗き込んで、くん、と匂いを嗅ぐと甘酸っぱい匂いがした。
「クランベリージュースだよ。お気に召すと良いけれど」
 マスターの笑みを含んだ声に、ルースも思わず微笑む。
 対してフェリックスとジェーンが手にしたグラスの中身は、琥珀色だった。前もフェリックスが同じような色のものを飲んでいたことを思い出す。
「それではまず、乾杯しましょう。――再会に」
 二人がグラスを合わせてから、ルースに視線を注ぐ。
「あ、あたしは良いわ。再会じゃないし」
 クランベリージュースで大人二人と乾杯をするのは、なんとなく気が引ける。
(一体、どういう知り合いなのかしら)
 ジェーンは賞金稼ぎらしいから、仕事でフェリックスと知り合ったのだろうか。
「さてと。今日、ここに留まった方が良い理由を教えてあげるわ。この周りで連続殺人が起きてるの」
 ああ、とフェリックスとルースは目を合わせて頷き合った。
 少し前まで滞在していた町で騒がれていた事件は単発の事件だったのだが、それも「最近、噂の連続殺人事件の一つ」だと思われていたのだ。
「手口はブラッディ・レズリーだとしか、わかっていないやつか」
「――あら、その情報だと少し足りないわ。誰が言ってたの」
「連邦保安官だが?」
 それを聞いて、ジェーンの柳眉が上がった。
「ふん、知らないと思って。一般人には、情報を伏せたのね。これだから連邦保安官は嫌いよ」
 ジェーンは腕を組んで、吐き捨てた。
「此度の連続殺人には、被害者に全部共通点があるわ。全員、賞金稼ぎなのよ」
 ルースは一瞬、言葉を失ってしまった。
「でも、女の人ばかりって……」
「数は少ないけど、賞金稼ぎに女性もいるわ。私のようにね」
 ジェーンはグラスの中身を一気にあおってから、グラスを叩きつけるようにして置いた。
 だとすると、フィービーやエウスタシオは被害者が賞金稼ぎではないので、ブラッディ・レズリーが関連している可能性を低く見積もっていたのか。
 とはいえ捜査はしていたので、あのときは「例外」の可能性を踏まえて捜査していたのだろう。
「連邦政府は、故意に情報を隠しているんじゃないかしら。賞金稼ぎを怯えさせないように、ってことだろうけど冗談じゃないわ。私たちは復讐に燃えることはあっても、引き下がるような性質じゃないわよ」
「賞金稼ぎたちは、怒ってるのか?」
「そういうこと。そんな理由も含め、この町の近く――外にいたら怪しまれて賞金稼ぎたちに絡まれる危険性が高いわ。馬車を直すにも、時間がかかるでしょう? まだ、中にいた方が良い。何なら、私が口を利いてあげる」
 ジェーンの助言を受け、フェリックスはちらりとルースを見やった。
「どうやら、その方が良さそうだな。親父さんたちを呼んでこよう」
「ええ」
 フェリックスに次いでルースも立ち上がりかけたが、フェリックスに手で制された。
「ルースは、ここで待っててくれ。ジェーン、頼んだ」
「任せて。お嬢ちゃん、ここで、のんびりお話しましょう」
 ルースが唖然としている内に、フェリックスは出ていってしまった。
 正面に顔を戻すと、ジェーンの笑顔が目に入る。
「お嬢ちゃん、かわいいわね! 子猫みたい」
(どうしてフェリックスの知り合いってのは、こう一癖も二癖もありそうな人ばっかりなのかしら?)
 ルースは思わず、苦笑してしまったのだった。