ニライカナイの童達
第二部
第十五話 行楽 2
一時間後、ようやくトリプルサンダーマウンテンに乗ることができた。
速度と激しい動きに驚き、ククルは叫びすぎてしまったが、降り立つと「楽しかった」という感想が湧いてきた。
「どうだった? 和田津さん」
「うん、楽しかったよ。ごめん。私、隣でうるさかったよね」
「ほんっとに。わーわー叫んで、女子力アピールかしら」
河東ではなくエルザが文句を言ってきたが、ユルが睨むと黙り込んでいた。
「絶叫系大丈夫なら、次はファストパスで取ったスプラッシュリバーに行くか」
ユルが提案したところで、河東が手を挙げた。
「はーい、提案です。せっかく四人で来たんだから、並ぶときの二人組をローテーションしない?」
「ちっ。余計なこと言わないでよ、カトウ」
「そうだな」
エルザは舌打ちし、ユルは賛同していた。ククルも、「それがいいと思う!」と応じる。
エルザと並ぶのが少々怖いが、このままの並びはなんとなく嫌だった。もちろん河東が嫌なわけではない。
(何でだろ。ユルとエルザさんがべったりくっついてるの、モヤモヤする……)
三対一だったので、エルザは「わかったわよ」と折れた。
次いでククルの隣になったのは、エルザだった。
彼女は不機嫌そうに腕を組んでいるので、取りつく島もない。
前方にいるユルと河東は、何やら話して盛り上がっているようだ。河東が十喋ればユルが一喋る、ぐらいの割合だが。
「あのー、エルザさん。私のこと嫌い?」
思い切って問いかけると、エルザは「ふん。恋のライバルが好きなやつがいたら見てみたいわね」と毒を吐いた。
「恋のライバル!? わ、私……兄妹みたいなものって言ったよね?」
「そう聞いて安心したけど、ナハトの過保護っぷりを見てると怪しく思えてきたの。まーさーか、ナハトの片想いとかじゃないでしょうね?」
「違うよ!」
否定しながら、思わず赤面してしまった。
「本当に違うのね? これで付き合い始めましたーとか言ったら、ワタシはあなたを殴ってもいいかしら」
「ど、どうぞ」
「ふうん」
ククルの覚悟に安心したのか、少しエルザの表情が和らいだ。
「じゃあ、ワタシとナハトの仲を取り持ってちょうだい」
「それは嫌」
「はい? なぜ、嫌なの?」
「そういうのは、ユルが決めることでしょう。私が口を出すのは、違うと思う」
高校のとき、クラスの女子にユルとの仲を取り持ってくれと言われて一旦承知し――結局、断ったことを思い出す。
「……あなた、結構頑固ね」
「そうかな。それより、エルザさん。私は、あなたと仲良くなりたいと思ってるの。お友達に、ならない?」
にっこり笑って語りかけると、エルザは大げさに肩をすくめていた。
「これだけ敵意を向けている相手に、友達にならない? ……って。肩の力抜ける。あなた、大物ね。仕方ない。なってあげなくもない」
微妙な返答だったが、拒絶ではなかったので、ククルは携帯を取り出した。
「連絡先、交換しよう? あ、私やり方わからないから任せてもいい?」
「はいはい」
面倒そうだったが、エルザはククルの携帯に連絡先を登録してくれた。
「ライソで、ナハトの隠し撮りとか送ってくれてもいいのよ?」
「隠し撮り? 何それ。私、カメラ持ってないよ」
「あなた馬鹿? スマホという立派なカメラがあるでしょ」
エルザはククルの携帯を操作して、カメラを起動させてユルと河東の後ろ姿を撮っていた。
「ほら、簡単でしょう」
「……そんな機能あったんだ」
そういえば、薫と一緒に食事をしたとき彼女は食べ物に携帯を向けていたっけ、とククルは思い返す。あれは写真を撮っていたのだと、ようやくわかった。
「あなた、どこまで世間知らずなの? 何にスマホ使ってたの?」
「電話とか、メールとか」
「それだけ?」
「いんたあねっとは、よくわからない」
「…………変な子」
エルザはククルを不審そうに見ていた。
次いで、ホーンテッドタウンというお化け屋敷要素のある乗り物に乗ることになった。
今度はユルが隣で、ククルはホッとする。
やはりエルザの隣は緊張した。
「あのね、エルザさんと連絡先交換できたよ。河東さんも」
「ふうん。よかったな」
ユルは、さして感動した様子も見せなかった。
「人見知りの私にしては、頑張ったんだよ。これで少し連絡先が増えた。あ、ユルもライソとやら、やってたんだね。河東さんがユルを追加してくれたよ」
「ライソなんて、オレとお前の間で使わないと思うんだが……」
「いいの!」
ククルが言い切り、前に向き直ると……河東とエルザの背が見えた。実に静かだ。全く会話がない。
「あのふたりって、今日が初対面じゃないよね?」
ひそひそとユルに尋ねると、ユルは「違う」と答えた。
「でも、話したことなかったかもな……。エルザがオレを迎えに、部室に来たりするぐらいだったから。しかもあのふたり、共通の話題ないんじゃねえか? 河東は派手な女は苦手だからな」
「そうなんだ……」
河東やエルザは、この組み合わせが一番嫌なのかもしれない。
「河東さんって、いいひとだね。それわかってて、順番に組み合わせ変えようって言ってくれたんだもの」
ククルはしみじみ呟いたが、ユルからの返答はなかった。
「ホーンテッドタウンって、お化け屋敷が舞台なんだってね。でも、私もユルもお化け怖くないよね」
何せ地縛霊と一緒に住んでいるのだ。怖いはずもなかった。
「というか、ホーンテッドタウン自体、別にそんなに怖くないからな」
「あー、そっか。ユル、修学旅行で一回ここ来たんだもんね。これに乗ったの?」
「ああ」
「いいなー」
会話を交わしていると、河東が振り返ってきた。
「どうしたんだ、河東」
「どうしたんだ、じゃないよっ」
河東は素早くユルに身を寄せて、囁く。
「この気まずい空気、どうしたらいいんだよっ!」
「どうしたらって言われても……」
河東の訴えに、ユルも困っているようだった。
「何か、話すきっかけをくれよ! そうだ、彼女の好きなものって何だい?」
「エルザが好きなもの……パーティとか言ってたな」
「正にパリピ! 僕の一番苦手な人種! ああ、もういいよ。四十分、耐えてみせる」
悲壮な面持ちで、河東は元の位置に戻っていった。
「なんだか気の毒だよね……」
「ああ……。河東はオレが巻き込んだ形だしな」
ユルも多少は責任を感じているらしかった。
待ち時間を経て、椅子のような乗り物に乗り、幽霊――という設定の人形やホログラムのうろつく洋館を見て回った。
ユルの言っていた通り、怖くはなかった。ククルは、幻想的で楽しいという印象を持った。
そのあと、レストランで昼食を取り、また別の乗り物に乗る。
相変わらず並びは順番に変えていくことになり、河東はエルザの隣にいるときが最も辛そうだった。
ククルも、エルザとはぽつぽつ喋るだけだったが。
「エルザさん。河東さんとも喋ってあげてよ」
「だって、何も話題がないんだもの。あなたもだけど」
「……うー。エルザさんって、人見知り?」
「興味のないひととは話さないだけ」
人見知りよりたちが悪い、と思ってククルは苦笑した。
「このアトラクションで、今日は終わりみたいね」
エルザは呟き、空を仰いだ。たしかに、もう日が暮れているから、帰らなければならないだろう。
「エルザさん。私、魔女がどういう感じなのか興味あるよ」
「魔女の詳しいことはシークレットなの。ごめんなさいね」
思い切って言ってみたのに、すげなくはねつけられてククルはしょんぼり肩を落とした。
最後の乗り物は、地底冒険といって、車を模した乗り物に乗って地底を巡るものだった。
少し怖かったが楽しくて、降りたときククルは飛び跳ねてしまった。
「楽しかった! ミッチーランド楽しかったね。また来ようね!」
ククルが後ろを振り返って言うと、河東が「次は二人きりで行きなよね……」と疲れた顔でぼやいていた。
花火があがり、それを見上げながら、一行は出場ゲートへと向かった。
河東とエルザとは途中の駅で別れ、ククルとユルは無事、家に帰ってきた。
『おっかえりー。どうだった? ミッチーランド』
祥子が飛んできて、玄関で出迎えてくれる。
「楽しかったよ! ね、ユル」
「……まあな」
ユルは、先に家にあがって、さっさと奥に行ってしまった。
ククルは靴を脱いで、思わず廊下で尻餅をついてしまう。
『大丈夫? ククルちゃん』
「たくさん歩いたし、待つときは立ちっぱなしだったから……足が痛い」
『あー、ああいうところ行くと、そうなるわよね。でも、楽しかったならよかったじゃない』
「うん。それに、一緒に行った河東さんとエルザさんと連絡先交換できたの。ふふー、二人も連絡先が増えちゃった!」
素直に喜んでいると、祥子が『不憫だわ』と涙を浮かべていた。
りろん、と鞄に入れていた携帯から着信音が鳴る。
ククルは携帯を取り出した。
河東からライソのメッセージが来て、表示されていた。
「ん? こ、これどうするの? 祥子さん」
『これをタップ……指で触るの。そしたらロック画面が出るから、ロック外して。自動的にライソ画面にいくわよ』
祥子のおかげで、ライソを開くことができた。
『今日はお疲れですぞー。拙者(侍か・笑)、疲れましたぞ。でも和田津氏と連絡先交換できたのはニヤニヤものですな。雨見くんに嫉妬しないよう、言っておいてネ(汗)これからも、よ・ろ・し・くですぞ!』
というメッセージの次に、『ドゥフフ』と笑うウサギの絵が添えられていた。
「この絵、何? かわいいね」
『スタンプって言うのよ。私も、このスタンプ持ってたわ……』
やはり、祥子と河東は気が合いそうだった。
「おい、ククル。廊下に座り込んで何してるんだ」
見かねたのか、ユルがこちらに来た。
「河東さんからライソ来たから、見てたの。お返事は、どうすればいいの?」
「返事は、居間か自室でやれよ」
「だって、立てないんだもの……。もう少し休憩したら、立てると思うから放っておいて――」
と言ったところで、ユルが舌打ちした。
「……しょうがねえな」
いきなり抱きかかえられて、ククルは仰天する。
「うわわ! ユル、下ろして! 大丈夫だから!」
「うるさい」
ぴしゃりと言われて、ククルは黙り込む。結局、そのまま自室に運ばれることになった。
ベッドの上に下ろされたところで、『さっすがユルくん。いざとなると、行動に出る男ね。萌えー』と祥子が賛美する。
「祥子。黙らないと浄霊するぞ」
『ごめんなさいっ!』
ユルに脅されて、祥子はククルの後ろに隠れていた。
鼻を鳴らして、ユルは部屋を出ていってしまう。
彼を見送ってからも、ククルはぼんやりしていた。
(変なの……。ユルにはおんぶされたこともあるのに。どうして抱っこされただけで、あんなにドキドキしたんだろう?)
ぎゅうっと、左手で首飾りの宝石部分を握り込む。
『ククルちゃん、どうかしたの?』
「う、ううん! あ、河東さんにお返事しなくちゃ。祥子さん、手伝ってくれる?」
『お安いご用よ」
ククルは右手に持っていた携帯のロックを外し、河東への返信を打っていった。